第13話 食事


 マーレボルジェ内、酒場。


 ジェノは、メリッサに晩御飯をご馳走していた。


「くぅぅ、他人の金で食う肉が一番美味いっすわ」


 初めは、意外と遠慮気味だったメリッサも、今ではこの笑顔。


 骨付き肉を口いっぱいに頬張りながら、満足げにタダ飯を堪能していた。


「あのさ、食べながらでいいから、色々聞きたいことがあるんだけど、いい?」


 一方で、ジェノはサラダをフォークでつつきながら、そう話を切り出した。


「いいっすよ。年齢と生い立ちとスリーサイズ以外はお答えするっす」


「……ここって、ご飯食べる必要あるの?」


「それで食欲がなかったんすね。答えだけ言うと食べないと、死ぬっすよ」


「え? なんで?」


「昔、節約するために絶食してた人が死んだって噂っす。仕組みは不明っすけど」


「み、三日ぐらいならなんとかなるよね?」


「さぁ。責任は持てないんで、食べておいた方が良いと思うっすよ」


「そっかぁ。――すみませーん、これと同じやつ、追加でお願いします」


 チャイナドレスを着た黒髪の店員に声をかけ、「はいよ、了解ね」と返ってくる。


「おっ、食う気になったんすね」


「うん、サラダを追加した」


「いや、それ草! お腹を満たすなら、肉っすよ肉!」


「最近、お肉を食べると拒絶反応が出るんだけど、大丈夫かな?」


「ゲームなんでいけるっすよ、きっと!」


「じゃあ、一口だけ」


 勧められるがままに骨付き肉を口にする。


「――うっ」


 口に入れた瞬間に猛烈な拒絶反応が、体に走る。


 肉が美味しいとか、美味しくないとかの問題ではない。


 まるで、人の肉を食べているような、背徳的で嫌な感覚だった。


「美味いっすか!?」


「――ごめんちょっと、トイレ」


 吐き気と嫌悪感が、一気に込み上げ、ジェノは平静を装いながら、そう言った。


「ありゃ、駄目っすか。こんなに美味しいっすのに」


 その背中を見守りながら、メリッサは構わず肉を頬張っていた。


 ◇◇◇


「はぁ……ここまで、再現してほしくなかったなぁ」


 トイレから戻り、胃の中身を全て吐き出したジェノは愚痴をこぼす。


「妙にリアリティあるっすからねぇ、この世界」


「ここまでリアルだと、現実にしか思えないよ」


「……まぁ、それより、他に聞きたいことはないんすか?」


「あ、そうだった。この黒いコイン……ヴィータについて、教えてよ」


 布袋から取り出したのは、この世界で流通する黒い硬貨だった。


 通貨価値は一枚千ドル程度。ヴィータと呼ばれることは知っている。


「ジェノさんは、ツケって言葉、聞いたことあるっすか?」


「あぁ、店の常連とかが手持ちがない時に、後で払うってやつだっけ」


「そうっす。現実ではお客が店に貸しを作るっすけど、ここでは、逆もあるっす」


「逆って?」


「お客が店に貸しを作る場合もあるんすよ。一枚の額が大きいんで」


「そっか。一食千ドルもしないもんね。余った分はどうなるの?」


「対価を払わないといけないっすね。ここなら百食分は無料とかっす」


「大変そうだな、お会計……」


「だから、少額の場合は、物々交換でやり取りされることがほとんどっすよ」


「ヴィータでも払えるけど、払う人は全然いないって感じ?」


「……それが全然って、わけでもないんすよね」


「え? どういうこと?」


「ヴィータで払っておけば店に貸しができて、何かあったら味方してくれるんすよ」


「何かあったらって、例えば?」


「客同士で揉めたとして、一方にだけ貸しがあれば店員はどうすると思うっすか?」


「あっ……。貸しがある方を助ける」


「そうっす。ヴィータは、色んな場所で味方を作る手段にもなるんすよ」


「なるほど。この世界を生き抜くなら貸し借りは重要ってことか。よく分かったよ」


 貨幣の価値が高い分、貸し借りの額も大きい。


 貸し額が大きい分、返してくれる借りも大きくなる。


 思ったよりも奥深いのかもしれない。この世界の貨幣制度は。


「覚えておいて損はない情報っすね。他になんかあるっすか?」


「じゃあ、不思議な能力がある草と、魔術書みたいなのってなんなの?」


「草と呪文書っすね。そのどちらも魔法的な能力を秘めた、使い切りの道具っす」


「へぇ、使ったらなくなるんだ……。それで?」


「草は詠唱なし反動ありで安価。呪文書は詠唱あり反動なしで高価って感じっす」


「価格帯ってどんな感じなの?」


「値段はおおよそっすけど――」


 と、メリッサの説明は続いていった。


 ◇◇◇


 一通りの説明を聞き終わった後。


「本題だけど、二次試験の話をしようか」


 そう言って、ジェノは、懐から金色の鍵を取り出す。


「それって、確か、ジェノさんの二次試験のヒントっすよね」


「そうそう。この鍵に関係する物資の回収、が二次試験だったんだけど」


「けど、なんすか?」


「メリッサの試験って結局、なんだったの」


 メリッサは「ああ、それなら」と言い、胸元から黒色のチップを取り出していた。


「コインじゃない、チップ……? メリッサも俺と同じような試験なの?」


「正解っす。うちの二次も同じく、このチップに関連する物資の回収っす」


「見当はついてるの?」


「チップと言えばカジノ。カジノと言えば、VIPルームっすよ!」


 と、景気よくメリッサは語り、会計をヴィータで済まして、酒場を後にした。

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