第10話 勘違い①
「そんな、嘘っすよね……」
信じられないものを見る目で、メリッサは呆然と呟く。
「いいえ、本当よ。ご主人様は私たちを救ってくださったわ」
それは、最後のキャスト。赤と黒のドレスを着た七色髪の娼婦の発言だった。
「じゃあ、皆さんはプレイヤーから身を守るために、望んで働いていたんですね」
今までの発言をまとめると。
キャストを維持するには、毎月納税が必要。
でも、外でお金を稼いだら、プレイヤーに狙われてしまう。
だから、安全に働ける娼館が、彼女たちにとっては助かるみたいだった。
「そういうこと。嫌々、やってるわけじゃないから。好きで全員ここにいる」
肯定と否定。その返答には、人としての中身が詰まっているような気がした。
「だったら、どうして、無理やり体を……」
だけど、服を無理矢理脱がされたのが頭にちらつく。
「身体検査は主様のような
娼婦は黙るカモラの代弁をする。
従業員の中には、用心棒みたいな人もいた。
仕事を選べたんだ。その話をされる前に早とちりして。
「勘違い、だったんですね……ごめんなさい」
「許してやる。あの状況下ではお前にも同情の余地があるからな」
素直に謝罪すると、カモラはそれを受け入れる。
思っていたよりも、悪い人じゃなかったのかもしれない。
「じゃあ、なんで、この子を隠していたんすか? やましいことがあったんすよね」
それでも、諦めないメリッサは、粗探しをするように、質問を重ねていった。
「……半年前に起きた、集団忘却事件を知っているか?」
「当時の自警団全員の記憶が消えた事件っすよね。それがなんすか?」
「元の名はエリーゼ・アンダーソン。この世界に風紀を作った、自警団の創設者だ」
(やっぱり、妹だったんだ。でも、記憶がないのか……)
嬉しさ半面、悲しさ半面だったけど、顔色は出さないようにした。
ここで素性を明かしても、特にメリットはない。事実を受け入れるしかなかった。
「へぇ……この子が。でも、隠していた理由にはならないっすよね」
「こいつの存在が知られれば、犯人は間違いなく消しに来る。不用意に人前に見せるわけにはいかなかったんだ。……それに、前世に一度、こいつには命を助けられたこともあるからな。受けた恩ぐらいは返してやりたい」
「じゃあ、ここで見たことは見なかったことにしろってとこっすかね」
「ああ。形骸化しつつある今の自警団には黙っておいてくれ」
「分かったっすよ。この件は解決したことにしておくっす。――ただ」
しかし、メリッサは、冷たく言い放ち、手を軽く握る。
「うぐっ!?」
ぎちぎちと糸が締め上げる音が鳴り、か細い声がこぼれる。
「こいつはここで殺させてもらうっす」
締め上げられているのは、カモラ、ではなく、サーラだった。
「……え? なんで」
分からない。ここまで話を聞いておいて、サーラを狙う意味が。
「なぜ、サーラを! 金ならいくらでもくれてやる、だから、やめてくれ!」
一方で、冷や汗を浮かべるカモラは、訴えかけるように叫んだ。
「事情なんて、もう、どうだっていいんすよ」
「だったら、どうして――」
「許せないんすよ。うちを一度殺した、こいつがっ!!」
殺してきた人間が憎い。ただ、それだけ。
今、メリッサを突き動しているのは、正義感じゃない。
――純粋な殺意だった。
もし、このまま見過ごせば、サーラは、妹は八つ裂きにされてしまう。
(動けるのは、俺しかいない。どうする……どうするっ!)
キャストは全員、糸の拘束を受け、動けない。
この場で動けるのは、助けられるのは、一人。ジェノだけだった。
(考えろ、考えろ、考えろ!! このままだと妹が、死ぬんだぞ!!)
そんな精神への負担が全身の神経を刺激し、気付かせる。
(……この手袋、確かっ!)
手に汗を握った先にある、感触。手を覆う、白い布。
『蜘蛛の糸で編まれた防刃、防弾用の超特注生地っす』
妹を救える術は、この手にあることを。
「これで、死んでもらうっすよっ!!」
その間にも、メリッサは手繰り、糸を張る。
(糸対糸。失敗したら、手首ごと……)
頭によぎるは、拘束具をたちまち切断した糸の切れ味。
失敗すれば、自身の右手はたちまち糸で切断されてしまうだろう。
(いや、関係ない。妹を救えないなら、死んだ方がマシだ。俺が、やるんだっ!)
意を決し、妹と、メリッサを繋ぐ糸に、狙いを定め、全神経を集中させる。
「――切れろっ!」
願いを込めて、振るうは右の手刀。
糸の性能と己を信じ、全力で振りきった。
「なっ!」
メリッサの驚く声と同時に、ぷつん、と糸が切れる音が聞こえる。
縛り上げられていたサーラ、だけでなく、ここにいた全員が、解放されていた。
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