第16話 第一投
超VIPルーム、待合室。目の前にはルーレットボード。
「コイントスの結果、先行はセレーナ様に決まったよ」
耳に手を当てながら隣にいるエレナは、そう言った。
恐らく、耳元の無線機から聞いた情報を伝えてくれている。
「メリッサは、後攻ですか……。不利だな……」
手元には賭ける用の二枚の白いチップ。
二人は、盤上で数字の指定を待っている頃だろう。
この間に、どうにか考えるしかなかった。――ゲームの攻略法を。
「少し、確認したいことがあるんですけどいいですか?」
「ええ、もちろん。ルールブックにある範囲なら、なんでも教えるよ」
そうして、ジェノはあらためて、ルールの確認を念入りにしていった。
◇◇◇
超VIPルーム、巨大ルーレットの盤上。
「燦爛と輝く命の煌めきよ、幽々たる深淵に覆われ、虚空の闇へと堕ちよ」
セレーナと向き合うメリッサは詠唱を終える。
その両手には、白と黒の手袋がつけられていた。
左手を地面につけ、足元の影を広く、薄く、伸ばす。
超VIPルーム内を覆うように調整。これで、空間内は不死。
死の事象を世界が認識できない――
「影と糸と不死、ね。いっとくけど、武器として使えば失格だから」
「分かってるっす。ただ、それを判断するのはあんたじゃないっすよね」
『これより、二次試験――ディスティニールーレットを開始します』
そうして、静かに言い渡される。ゲームの見届け人であるエレナの宣言が。
『親番である、セレーナ様は別室へ移動をお願いします』
親番は、同伴者の番号を知る権利がある。
そのため、別室で伝えられることになっていた。
「ふん。せいぜい粋がってなさい。十三下が」
「ははっ、相変わらずっすね。……うちだけっすか、変わったのは」
時の流れは残酷だ。だって、たった半年で、こうも違いが出てしまうのだから。
◇◇◇
別室。中は狭く、モノクロの内装に、黒の壁掛け電話が置かれている。
そこから、タイミング良く、ジリリリと、古めかしい呼び出し音が鳴り響く。
「……パパ。今日も、あたしが勝ってみせるからね。どんな手を使っても」
静かに思いを馳せ、セレーナは受話器を取った。
◇◇◇
巨大ルーレット盤上。
親番のセレーナが、別室から戻ってきたところだった。
『お待たせしました。スリーカウント後、第一投を投下します。3――』
エレナのアナウンスが流れ、相対する二人は視線をぶつけ合う。
「いい? 負ければあんたは死んで、あたしは支配人を辞任する」
「女に二言はないっす。ただし、ジェノさんには秘密にしてもらうっすよ」
互いが納得できる勝負の場は、ここに整った。
(勝っても負けても、地獄。だけど、抗わせてもらうっすよ)
静かに決意し、ゲームが開始されるその時を待った。
『――0。投下』
すると、盤の側面から白いボールが投下され、外周上を転がっていく。
(うおっと、やっぱりこっちも動くんすね)
同時に、足元の回転盤が動き出し、ボールとは逆、反時計回りに動いていった。
(ここは、様子見っすね。ボールの落ち際で勝負をかけるっす)
投下されたボールは、速い。追いかけるのは愚行。
だからこそ、回転盤に乗せられまま、冷静に様子をうかがっていた。
「へぇ……仕掛けないんだ。ことのほか聡明だったってわけか。だけど――」
不穏な言葉と共に、セレーナは背を向けて、駆け出した。
(逆走……。うちを誘いだす罠か、それとも――)
考えても答えは出ない。それに、ボールはまだ回っている。
動くのは早計。そう判断し、動くセレーナをよそに、様子見に徹した。
「それが、敗因なんだよねぇ――っ!」
駆けた先には、外周を回る白いボール。
その進行を遮るように、セレーナは渾身の回転蹴りを放った。
「いや、動くはずが……」
ボールの大きさは、半径5メートル以上はある。
重さを考えれば、蹴った程度で動くはずがなかった。
「――なっ!?」
しかし、ボールは、跳ねていた。それも、一度ではなく、何度も。
(ただのボールじゃないんすか……っ!?)
気付いた時には、バウンドしたボールは、ポケットに吸い込まれていった。
『出目は23。ベットは0と1。よって、ただいまの勝負、セレーナ様の勝利です』
そして、敗北を意味する、無慈悲なアナウンスが流れてくる。
(……0と1。ここで決められなかったのは痛いっすね)
互いの好きな数字。数字を知れない子番でも唯一予想できる番号。
ジェノはそれに気付いてくれていた。だけど、次は確実に警戒されてしまう。
(それに、問題はこの見かけ倒しのボール)
盤上のポケットに近付き、異様な跳ね方をしたボールを直に触っていく。
(柔らかくて、重さもない。恐らく、材質はゴム……)
「……まんまと引っかかったってわけっすか」
思わず愚痴がこぼれ、横にいた相手を強く睨みつけた。
「くふっ、ははっははははっ。やっぱり、バカだ。バカすぎる、こいつ」
目線は合わない。その代わり、耳障りな笑い声が響く。
「なにが、おかしいんすか!」
「……勝たなきゃ、意味ねぇんだよ!! どんな手段を使ってでもなぁ!!」
セレーナが強く言い放った直後、がたんと音が鳴る。
番号が書かれた場所が穴になり、目の前にあった球が回収された音だった。
『第二投の準備が整いました。親番のメリッサ様、別室へ移動をお願いします』
すると、ゲームを進行するためのエレナのアナウンスが響く。
「あんたは、間違ってるっす。それをこれから結果で示してあげるっすよ」
顔は見ない。すれ違いざまにそう言い残し、メリッサは別室へと歩みを進めた。
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