第4話 洗礼
町の外れにある黒い教会の前。
陽はすっかり暮れて、辺りは夕闇に満ちようとしていた。
「とんでもねぇ速さだったな。あそこまで速さを引き出せるやつは見たことねぇ」
追っ手から逃げ切ったジェノを、ルーカスはそう褒めたたえた。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
一方、ジェノは酸欠気味だった肺に思う存分酸素を取り込んでいく。
「ただ、さすがにお疲れか。ゆっくり休みな」
ルーカスの言うように、疲れているのは間違いない。
でも、今、この体を支配しているのは、疲労感ではなく、高揚感だった。
「なんですか、今の! あんな感覚味わったことないですよ!」
伝えずにはいられなかった。あの全てを置き去りにして、風を突き抜ける感覚を。
「あれは敏速草ってやつで、一時的に足が速くなる。ただ反動があって――」
「あ、れ……」
説明を受ける中、突如、疲労感が体を襲い、立っていられなくなる。
「ほら、言わんこっちゃない。それが、反動ってやつだ。少しの間、動けなくなる」
そんなジェノをルーカスは優しく受け止めると、そのまま抱えて、歩き出した。
「なるほど、そういうことですか……。でも、どこへ、行くんです?」
理由は納得できたが、運ばれていることに疑問を思い、尋ねる。
「地べたで休みたかったか?」
「……それは、勘弁してほしいですね」
その回答に安堵しつつ、二人は黒い教会の中へ足を踏み入れていった。
中は、あの教会をモデルにしたのか、黒一色の見覚えのある内装だった。
「……え」
しかし、そこにいた人物を目にし、言葉を失ってしまう。
目の前には、三人の黒ずくめの集団。引き離したはずの追っ手がそこにはいた。
「遅かったな。――ルーカス」
聞き覚えのある声が響き、真ん中に立つ人が、フードをめくる。
そこから見えたのは、金髪碧眼で同い年ぐらいの小柄な少年だった。
「すいません、兄貴。遅くなっちまいました」
ぺこぺこと下手に出るルーカスの姿を見て、血の気が引いていくのを感じた。
「……まさか、騙したの?」
いまだに体は動かない。それでも頭は働き、血の気が引きながらも問うた。
「そういやぁ、俺の前世が何をしていたか、話してなかったよな」
ルーカスは懐から白い植物の蔦を取り出し、口と両足と後ろ手を拘束してくる。
「んー、んーっ!!」
必死で声を上げるが、口が塞がれ言葉にならない。
「信用詐欺師だよ。悪いが、俺っちは、強い者の味方なんでな」
ひどく濁った瞳でこちらを見つめ、そう言うと、そのまま最奥に運んでいく。
最奥には教壇があり、ジェノの首輪からケーブルを伸ばして、そこに接続した。
「……これで、こうっと」
ケーブルが接続された教壇には画面が現れ、慣れた手つきで入力をしていく。
『タイムローン。本人による生体認証をしてください』
画面にはそう書かれ、ジェノの手のひらを無理矢理画面に触らせていく。
『認証中――認証完了。残高717時間。変換する金額を入力してください』
「ひゅー、たんまり残ってやがる。悪いが限界まで、引き出させてもらうぜ」
上機嫌なルーカスは三桁の数字を入力すると、教壇から黒い硬貨が現れる。
ジェノを床に置くと、硬貨を四つの布袋に詰め込んでいき、分けていった。
「ほらよ、あんさんたち。ここで、起きたことは、くれぐれも内密にな」
金だけの関係だったのか、取り巻きの二人に、布袋を渡し、ルーカスは言う。
「金の切れ目が、縁の切れ目だ。また儲けさせてもらえるなら黙っておいてやる」
「そうそう。ダヴィちゃんの……っとと、名前は禁句だったね、また呼んでね~」
男女の声が響き、名も知らぬ二人は、布袋を手に、教会をあとにしていった。
(タイムローン……限界ギリギリ……って、首輪が爆発するんじゃ……)
もし、今のが設定された時間をお金に変換されるなら、待ち受けるのは、死。
「安心しな。すぐには、起爆させねぇよ。後片付けが面倒だからな」
そんな不安な胸中を察したのか、ルーカスは、画面を指で叩いた。
『お引き出し金額64ヴィータ。残高72時間。ご利用ありがとうございました』
必死で覗き込むと、画面には、そう表示されている。
72時間、日数にして三日、生きられるということなのだろう。
「――ッッ!」
意味がないことは分かってた。でも、叫ばずにはいられない。
許せなかった。ハメてきた相手、じゃなくて、ハメられた自分自身が。
「まぁまぁ、そう怒りなさんな。あんたには、もうひと稼ぎしてもらうんだからな」
そう言うと、ルーカスは否応なく体を担いで、夜の町へと歩みを深めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます