第5話 人身売買①


 マーレボルジェ、商店街中央通り、娼館。


 その二階。淫猥な雰囲気を醸し出す赤い個室に、ジェノたちはいた。


「ほう、こいつが例の新米か」

 

 個室の赤いベッドには、小太りな黒髪の男が腰掛けている。


 右目には眼帯があり、紺色の布の服を着ているが、首元には首輪がなかった。


(首輪がないってことは、キャストか。でも、この人、どこかで……)


「ほら、顔をよく見せてやりな」


 ルーカスに頬を掴まれ、眼帯の男と視線が合わせられると、すぐに思い出した。


(――っ!? カモラ・マランツァーノっ! どうして、こんなところに……)


 忘れもしない。故郷を支配していたマフィアのボス。


 以前、地上にいた頃に、一度、殺された相手に違いなかった。


「お前、どこかで……」


 すると、相手もこちらに気付いたのか、顔を凝視してくる。


「――んんっ!!」


 顔を背け、必死に誤魔化した。


 正体がバレるのだけは、避けないといけない。


 キャストかどうかは、今考えるべきことじゃなかった。


「なんだ? まさか、前世での知り合いか?」


 そんなルーカスの勘ぐりに、カモラは沈黙している。


 気付くな。そう心の底で願いながら、必死で顔を背けた。


「――いや、気のせいだ。確かにこいつは、いい働きをしそうだな」


 それが功を奏したのか、なんとか最悪の事態は避けられたみたいだ。


「だろ? 落ちてきたばかりの、純真無垢なガキだ。いくらで買う?」


 すると、ルーカスは値段の交渉を始めていた。


(今の内に策を考えないと……。何か、ないか……)

 

 会話を聞き流しながら、部屋の隅々を見回していく。


(あそこからなら……)


「商談成立だな――この金でどうするつもりだ?」


 逃げる算段をつけていると、カモラは黒い硬貨を十枚ほど渡している。


 どうやら、商談は揉めることなく終わったらしい。売られる側の気も知らないで。


「当然、先へ進むための軍資金にする。地上に出るためのな」


 対し、ルーカスは受け取った黒貨を布袋に詰め込みながら、答えていった。


「せいぜいあがくことだな。キャスト落ちになるのが関の山だろうが」


 そこで、気になるワードが聞こえてくる。


(キャスト落ち……? ってことは、キャストは元プレイヤーなのか?)


 頭の中には、仮説が浮かぶが、確かめようがない。


「夢のないことを言ってくれるねぇ。それでも、あがくさ。寿命が尽きるまではな」


 そう言い残したルーカスは去っていき、気付けば、部屋には二人きり。


「……さぁて、これでお前もここの一員だ。身体検査をさせてもらおうか」


 カモラは動けないことをいいことに、上着を脱がしてくる。


(娼館なんだから、こうなるよな……。だったら、こっちにも考えがある……)


 瞳に決意を宿し、静かに、その時を待った。


「やけに大人しいな。もっと抵抗するかと思ったが、まぁいい……」


 そう言って、カモラは腰のベルトに手をかけた。その時。


「――んんっ!!」


 上半身を振るい、ジェノは渾身の頭突きを放つ。


「あがっ!」


 頭突きは、カモラの股間に直撃し、痛みで悶えていた。


「こ、のぉ、くそ、ガキが……っ!!」


 目論見通り、カモラは怯んで動けない様子。


(よし、この隙に!)


 上半身をうねらせ、ミミズの如く進み続ける。


 目の前には、子供一人が抜けられそうな、小ぶりの窓。


「くぅぅ、逃がすかっ!」


 背後から迫る声が聞こえるが、振り返る余裕なんてない。


 開いていた窓に身を乗り出し、転がるようにして飛び込んだ。

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