第7話 バニーガールの目的


 ぴと。ぴと。と水滴が落ちる音が響く。


 目の前には、鉄格子があり、地面はひどく冷たい。


「なんで、こうなるんすか!」


 向かいの檻にいたのは、黒いバニースーツを着た紫髪の女性。


 髪は短く、毛先にパーマがかっていて、黒い瞳には怒りをたぎらせていた。


「いや、こっちの台詞ですよ……」


 その隣にいる上半身が裸のジェノは、冷静に突っ込みを入れる。


 あっけなく敗北した二人は、縄で縛られ、娼館地下の牢屋に監禁されていた。


「はぁ……愚痴っても仕方ないっすね。うちはメリッサっす。そっちは?」


 無駄だと気付いたのか、彼女は生産的な話を切り出した。


 ◇◇◇


「ところで、メリッサはキャストなんだよね?」


 自己紹介もひと段落し、バニーガール――メリッサに問いかける。


 首輪がない人がキャストなのは間違いない。中身を確定させておきたかった。

 

「そうっすよ。試験を諦めた元プレイヤーってやつっす」


 娼館で聞いた『キャスト落ち』というワードは、そのままの意味だったらしい。


「やっぱりか。ゲームのキャラにしては自然すぎると思ったよ」


「基本人間っすよ。それより、なんでジェノさんは捕まったんすか?」


 正直に言うかどうか。少し悩んだけど、ここで嘘をつく必要はないだろう。


「実は、初心者狩りにあって寿命を金に変えられた挙句、娼館に売られたんだ」


 素直に事実だけを話すと、メリッサは顔色が少し曇っているように見えた。 


「メリッサ?」


 それが少し不安になって聞き返す。


「……もし、うちにも裏切られたらどうするつもりっすか?」


 すると、返ってきたのは最悪の想定だった。


 確かに、裏切られる可能性はなくはないだろう。


「…………うーん。メリッサなら、裏切られてもいいや」


 だけど、答えはどう考えてもそれしか浮かばなかった。


「どうしてっすか?」


「俺を助けようとしてくれたからかな」


「馬鹿なんすか? 演技かもしれないんすよ?」


「もし、演技だったとしても気にしないよ。馬鹿だから」


「……なんすか、それ。試したこっちが馬鹿みたいじゃないっすか」


「試した? どういうこと?」


「燦爛と輝く命の煌めきよ、幽々たる深淵に覆われ、虚空の闇へと堕ちよ――」


 突如、詠唱をしたメリッサの両手には、白と黒の手袋が装着されていた。


「うちは、ジェノさんみたいな馬鹿。嫌いじゃないってことっすよっ!」


 そう言って、メリッサは右手の白手袋を手繰る。


 すると、白い糸が煌めき、二人を縛る縄と檻を切断していった。


「これって、聖遺物レリック……?」


 見覚えのある光景に、口走る。


 聖遺物レリック――異能の力を持つ動物型の物質。


 動物の状態から詠唱すると、武器や鎧に変わるのを見たことがある。


 恐らく、体のどこかに聖遺物レリックを持っていて、詠唱で起動させたんだろう。


「正解っす。悪いようにはしないんで、ちょっち体に触ってもいいっすか?」


 こちら側にやってきたメリッサは唐突にそう問いかけてくる。


「……」


 不安ながらも、首を縦に振ると、メリッサは左手の黒い手袋で体に触れた。


「影で型取りして、糸を通すっと――まぁ、こんなもんっすかね」


 すると、ひんやりと冷たい黒い影が体全体を覆っていく。


 気付けば、体を覆う白いスーツと白の手袋が出来上がっていた。


 見たところ、右手の白手袋が糸、左手の黒手袋が影を操る能力みたいだ。


「なんでこれを俺に……?」


「そのスーツと手袋は蜘蛛の糸で編まれた防刃、防弾用の超特注生地っす。防弾チョッキの炭素繊維なんかよりよっぽど頑丈っすよ。ただ、熱には弱いんで、対戦車ミサイルなんてぶち込まれた日には、一発でアウトっすけどね」


 つらつらと饒舌にメリッサは余分な知識を語る。


「ありがとう。すごいのは分かった。それで、これからどうするの?」


 聞きたいことじゃなかったけど、感謝だけ伝え、話を進めた。


「うちは弱い者の味方だって言ったっすよね」


「うん、だから?」


「これから解放しに行くんすよ。不当に捕らわれたキャストたちを!!」


 黒い瞳に闘志を燃やすメリッサは、特徴的なギザ歯を見せ、強く言い放った。

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