第2話 初心者狩り


 青い空が広がり、陽の光が差し込む。


 手で影を作ったジェノは、緊張した面持ちで辺りを見回した。


「すごい……。ここが、ゲームの世界……?」


 目の前には、出店が並び、商人の声が活気よく響き渡る。


 背後には、巨大な樹があり、空から根を張り、地面に幹が伸びていた。


「逆さに生えた樹……。ここから、出てきたんだよね、俺」


 どうやら、樹の中に空洞があって、その中から、ここに出たようだった。


「こんなものを見せられたら、信じるしかない、か」


 半信半疑だったけど、確信せざるを得なかった。ここは、ゲームの世界だって。


「おっ、新入りじゃねぇか。この時期に珍しいな」


 すると、無精ひげを生やした黒髪の男が話かけてくる。


 見たところ年は中年。服は年季の入った旅装束を着ている。


 当然、その首には、自分と同じ、例の首輪がつけられていた。


 説明を聞く限りでは、プレイヤーの一人とみて間違いないだろう。


「えっと、あなたは……?」


「俺っちは、ルーカスっつーもんだ。あんたは?」


「ジェノって言います。その首輪、あなたもプレイヤーですか?」


「おっ。物分かりいいじゃねーか。あんたと同じプレイヤーだよ。よろしくな」


 にこっと笑み深めて、ルーカスと名乗った男は手を差し出してくる。


(怪しい……)


 手をじっと見つめ、ジェノは言いようのない不穏な空気を、肌で感じ取っていた。


「――よろしくお願いします。ルーカスさん」


 そんな思いとは裏腹に、ジェノは、手を掴んでいた。


 今、欲しいのは、ここの情報。話に乗っておく方が、きっと得だからだ。


「いやぁ、でも、あんたも災難だったな。こんな地獄に落とされて」


「どういうことです?」


「ここは言わば、流刑地。法で裁けない極悪人どものたまり場なんだ。だから、この町についた名はマーレボルジェ。悪の袋って意味だ。喧嘩上等、犯罪上等で何か起こっても、取り締まるやつがいない荒んだ町さ。ここを、地獄と呼ばずに何と呼ぶ」


「なるほど。だからここに……」


 死刑の判決を受けた自身の過去を振り返れば、納得がいく説明だった。


「あんた、十代前半ってところだろ。一体、前世で何やらかしたんだ?」


「前世……?」


 あまり聞き覚えのない表現に思わず聞き返してしまう。


「あぁ、それは、こっちのスラングだ。ここじゃ過去を前世って置き換えてる」


「だから前世と……それなら適切な表現かもですね」


「だろ? ただ、そうは言っても、余命一ヶ月という重荷を背負ったままだがな」


「……」


 余命一ヶ月。その言葉を聞くと、急に心が重たくなった。


「悪い。今のは余計だったな。それより、早く、教えてくれよ。あんたの前世を」


 そんな心情を察したのか、ルーカスは詫びを入れ、そう尋ねてくる。


 やり取りを聞く限り、犯罪歴を答えるのは、軽い挨拶のようなものなのだろう。


「国家反逆罪に、殺人罪で死刑と、裁判ではそう判決されました」


 そう割り切ったジェノは、素直に事実を伝えた。


「…………」


 すると、ルーカスの表情が、少し曇っているように感じた。


 聞かれたからといって、素直に答えない方が良かったのかもしれない。


「やるな、あんた! あまりに前世が凄すぎるもんで、驚いちまった」

 

 と不安に思っていると、返ってきたのは賞賛の声。考えすぎだったみたいだ。


「ルーカスさんは、どんな事情でここへ?」


 安心しつつ、意識を切り替え、情報収集をするために、そう尋ねた。


「俺か? あんまり、褒められたもんじゃねぇぞ」


「ぜひ、聞かせてください。ここではみんな似た者同士だと思うので」


「ははっ、ちげえねぇ。大犯罪者様に聞かれたら、隠すのも野暮ってもんだな」


「いや、俺はそこまでの者じゃ……」


 持ち上げられるのに、抵抗感を覚え、本当のことを話そうかと考えた。


 けど、やめた。今は、合わせていた方が、都合が良さそうだったから。


「謙遜すんなって。ここじゃあ、前世で犯した罪が重いほど評価されるからな」


 ごまつくのをいいように解釈したルーカスは肩に腕を回しながら、語る。


「謙遜なんて、そんなつもりは……」


 わざとらしく豪快に笑うルーカスは背中をバシバシと叩き、機嫌良さそうに語る。


「――気付いてるか? あんたに向けられてる好奇の視線」


 すると、急に体をぐっと引き寄せたルーカスは、耳元でそう囁いた。 


 辺りを見回すと、首輪をつけたプレイヤーと思わしき集団がこちらを見ていた。


「あの人たちが、なんなんです?」


「恐らく、あんたを狙った新米狩りだ。俺と口裏を合わせてくれ」


 鬼気迫る様子のルーカスに、ジェノは首肯した。


「大犯罪者様に、立ち話させるのも難だ。一杯奢るから場所を変えようや」


 演技が始まったんだろう。わざとらしい大きな声で、ルーカスは言う。


「いいんですか? お言葉に甘えても」


「任せろってんだ。この漢、ルーカスに二言はねぇ」


 片目をつぶり、親指を立てたルーカスは威勢よくそう述べた。


「ありがとうございます。ちょうど、喉が渇いていたところです」


「おっしゃ。そうとくりゃあ、話は早ぇ。俺のいきつけの店へ案内するぜ」


 そうして、手筈通り話に乗ったジェノは、歩き出したルーカスの背中を追う。


「――――逃げたぞ、追え」


 背後からは、不穏な声が聞こえ、足音が近づいてくる。


 ――追走劇が、始まった瞬間だった。

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