第二章 ガンズオブインフェルノ

第1話 ニューゲーム


 アメリカ、マンハッタン某所にある黒い教会。


 教会堂内は黒で統一され、奥にはステンドグラスがある。


 そこから、月明かりの光が差し込み、照らされる二人の人物がいた。


「お前には、適性試験を受けてもらう。そこで強さを示せ」

 

 ステンドグラスを背に答えるのは、白髪の神父。


 サングラスをつけていて、黒い司祭服を着ていた。


「試験に合格してからってわけですか。リーチェさんのことを教えてもらえるのは」


 向かい合うのは、褐色の左頬に刃物傷がある黒髪の少年――ジェノ。


 意識不明になった師匠――リーチェ譲りの黒のロングコートを着ている。


「そうだ。不満か?」


 リーチェさんが言うには、合格率が1%以下とも言われている過酷な試験。


 だから、あえて確認しているのだろう。でも、胸の内はとっくに決まっていた。


「いいえ、不満なんて一切ありません。むしろ、望むところです!」


 目的はシンプルだ。意識がないリーチェさんを元の状態に戻す。ただ、それだけ。


 そのためなら、どんな困難だろうと乗り越えるだけの覚悟は持っているつもりだ。


「よろしい。早速だが、会場に案内させてもらう」


 その言葉と共に、ちくりと首元に痛みが走り、立っていられなくなる。


「っ!? なに、を……」


 眩む視界の中、注射器の針が見える。


「期限は一か月。与えられた役割を全うし、どんな手を使っても勝ち残れ」


 そして、神父の声が辛うじて聞こえ、視界は暗転した。


 ◇◇◇


「――っ。…………ここは?」


 起き上がるのは、黒いロングコートを着た少年。


 ジェノは寝ぼけた頭で目をこすりながら、辺りを見渡す。


 四角い機械の中みたいな空間で、中央には紫髪の少女が立っている。


 瞳を閉じた少女はメイド服を着ていて、精巧なフランス人形のようにも見えた。


(話しかけて、みるか)


「あ、あのー」

 

 恐る恐る少女の元へ近付き、駄目元で声をかける。


『銃と魔法の世界――ガンズオブインフェルノへようこそ』


 すると、紫紺の瞳がこちらに向き、無機質な声が発せられる。


「……うおっ、喋った!?」


 返事が返ってくるとは思わず、冷たい地面に尻餅をついてしまう。


『私は案内人のミアと申します。どうかお見知りおきを』


 少女――ミアは、こちらに構うことなく、名乗ってくる。


「えっと、僕はジェノって言います。よろしくお願いします?」


 状況がよく分からないまま、立ち上がり、ひとまず名乗り返した。


『これから、世界と試験についての説明をしますが、よろしいでしょうか?』


 ミアは、機械的のように淡々と話を進めていく。


 試験ということは、やはり会場へ連れてこられたんだろう。


 それなら、この状況も納得できる。疑問はあるけど、話を進めた方が早そうだ。


「――お願いします」


『ここは仮想現実空間――ゲームの世界です』


「げ、ゲームぅ!? ま、待ってください。地面冷たかったですよ!?」


 想像の上をいく発言に、声が思わず裏返ってしまう。


「感覚は現実と同じなので、当然かと」


 そんな反応には慣れているのか、ミアは平然とそう言った。


 ここでつまづいてちゃ話にならない。受け止めるしかなさそうだ。


「すごいな……ここまで技術って進歩してたんだ。あ、続きをお願いします」


 自分の頬を強く引っ張ると、じんと痛むことに感動を覚えつつ、話を促した。


『この世界では試験参加者のプレイヤーと、住人のキャスト、という二つの身分で構成されてます。あなたがプレイヤーで、私がキャストですね。その身分を一目で判別するため、プレイヤーにのみ首輪が取り付けられてます』


「身分の件は分かりましたけど、首輪……って、まさか――」


 その不穏な言葉に、首元に目を向けると、黒い首輪がつけられていた。


『その首輪は、プレイヤーの証であると同時に様々機能が備わっています。機能の一つとして、時限爆弾がセットされており、制限時間は720時間。与えられた時間内に試験をクリアできなければ首輪は起爆し、最悪、ゲームであれど死にます』 


「え…………。死ぬん、ですか……?」


 説明が頭に入ってこない。聞き間違いであってほしい。そう願いながら、尋ねた。


『はい。ただ、デメリットばかりではありません。――失礼しますね』


 ミアはそう言って、こちらの首輪に触れ、何かを引っ張った。


「それは……?」


 視線の先には、首輪から延長された一本のケーブルが見える。


 ミアはそれを、懐から取り出したタブレットのようなものに接続した。


『ケーブルを使えば、このように、あらゆる情報端末に接続することができます。どこで使用できるかは実際に試してもらう他ありませんが、情報の閲覧や、資金の出入金、首輪同士を繋げばプレイヤー同士の秘匿通信等が可能になります』


「便利ツールみたいなものなんですね。今、接続してるこれは?」


『職業適性を計測するものです。端末に手をかざしてみてください』


「――こう、ですか?」


 ジェノは端末を受け取り、ゆっくりと画面上に手をかざした。


『職業選択を開始。カルマ値を測定。――測定中』


 上手くいったのか、アナウンスが響き、画面上に青色の光が走った。


『測定完了。職業――盗賊。初期装備を選定中――選定中。完了』


 そのアナウンスと共に、目の前の地面から、機械的なクローゼットが現れた。


「うおっ! これ、なんなんですか?」


 クローゼットは、勝手に開き、中には革製の鎧やブーツなどがあった。


『適性に見合った、初期装備です。今ある所持品を壁に収納して着替えてください』


「そこはアナログなんだ……。勝手に装備されるわけじゃないんですね」


 そう文句を言いながらも、着替え始める。


 すると、両腰のホルスターに手が当たり、気付く。


 グロッグ17カスタムと、〝悪魔の右手〟があることに。

 

 どうやら現実の装備がそのままゲームに反映される仕様らしい。


(今ある所持品はしまわないと、か……。武器がないのは心元ないな)


 ただ、残念ながら使えないみたいだった。仕方なく中へ収納していく。


「着替え、終わりました」


 装備を全て押し込むとクローゼットは、地面に格納されていった。


『ありがとうございます。では、最後に試験の概要を伝えます』


 再び、目の前には、ミアの姿が現れ、無機質な声音で話を続けていく。


「お願いします」


 不思議と緊張感が高まり、聞き漏らすことがないよう、真剣に耳を傾けた。


『試験は全部で四つ。一次試験は資金を一定以上集めるのが課題です』


 そうして、告げられる試験の課題。


「お金を稼ぐ手段や、方法を知る過程も、試験の一環ってことですか?」


 だったが、具体性に欠けるのが気にかかり、疑問をそのまま尋ねた。


『はい。情報を知る過程も評価項目にありますので』


「そういうことなら、納得です。後は、自分でなんとかしてみます」


 認めたくないけど、試験としては、よくできていた。


 時限爆弾が首輪にあれば、嫌でも、能動的に動くしかないからだ。


『説明は以上です。――では、奥の扉の前へお進み下さい』


 そうして、案内されるがまま、ジェノは奥へ進み黒塗りの大扉の前に立つ。


「ん? なんですか、これ?」


 その扉の上部にある古代文字のようなものがふと目に入り、思わず声に出る。


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。そう、書かれています』


「物騒ですね。そんなに危険なんですか?」


『ここから先は無法地帯。刑法も規則も常識も存在しません。お気をつけ下さい』


「故郷と同じ環境か……。望むところです!」


 意気込みを新たに、扉は開かれる。


『ご武運をお祈りしています。――ジェノさん』


 そう見送られ、ジェノは踏み出した。未知なるゲームの世界へと。

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