第31話 桜、暗雲
――透花を大事に思っている。
その感情を互いに確認した俺と白姫は、顔を突き合わせて笑い合う。
「っと、そういえば……一つ引っ掛かる点があるんだけど」
「引っかかる……ですか?」
「ああ、その、総一郎が透花に振られたことって……もう一年生にまで広まってるのか?」
学校なんて狭いコミュニティだ。
噂なんてすぐに広まって当然かもしれない。
けれどそれには、最初の一人――〝目撃者〟ないし〝噂を広める人間〟が必要になるはず。
しかし、俺が透花に告白したあの日、周囲に人影は無かった。
そして、俺はあの日のことを誰にも話していない。
透花だって誰彼構わず言い触らすような人間ではない。
話すとしても、白姫やちゅう子のような、信頼できる近しい人間のみに限られるだろう。
だというのに、入学したばかりの一年生が、俺と透花の間に起こったことを把握していたのは、一体どういうことだろうか。
「ティアさんも、そこに引っ掛かりましたか?」
「雪も気になってたんだ?」
「ええ、透花さんと綾崎くんのこと、さすがに情報が回るのが早過ぎるんです。透花さんが綾崎君を振ったあの日、半径100m以内にいた生徒全員の身柄は確保して、戒厳令を敷いたにも関わらずですよ?」
「さらっと怖いこと言うな……身柄確保して戒厳令って、どこの軍事国家だよ」
つーか、俺が透花に告白したあの日、お前も側にいたんかい。
「透花さんと綾崎くんの破局情報を知り得る人は限られているというのに、この広まり方はおかしいです。まるで何者かが意図的に情報を広めているような――」
「――ふたりでなにコソコソ話してるのかにゃ?」
さっきまでちゅう子に合流し、一緒に日陰しか歩いちゃ駄目ゲームをしていた透花が、いつの間にか俺と白姫の間に割って入る。
「二人の距離、なんだか近くない? まさか、雪ちゃんまでティアちゃん狙いとか!?」
「いえいえ違いますよ。透花さんはこんなにも変態さんなのに、それでも構わず恋い焦がれる人が大勢いるんですねぇ(笑)……という話をしてたんですよ」
「透花を好きになった人間を(笑)で表現するのは止めくれないかな……」
……その中には俺もいるんだからね。
□■
それから少し歩くと、満開の桜並木に辿り着いた。
緩やかな湾曲を描く川べりの散歩道。その両端に、所狭しと立ち並ぶ満開の桜。
地元でも有名な桜の名所だ。
四月も終わろうかというこの時期に満開なのは、大山桜という遅咲きの品種だから。
時期外れの桜を目当てに、県外からわざわざ足を延ばして来る人間も多いらしい。
普段から見慣れているはずの俺たちも、この桜のトンネルを通り抜ける時は、毎度のことながら見惚れてしまう。
「桜……綺麗だね」
「あ、ああ、綺麗だよね」
舞い落ちる桜の花びらの中、儚げに笑う透花。
その姿に心を奪われていた俺から出たのは、気の利かないオウム返しだけ。
それに桜は綺麗なんだけど、俺が透花に振られたのも桜の樹の下だったわけで……。
あれ以来、桜を見ると上手く呼吸ができなくなるんだよなぁ。
そんな複雑な気分の俺に、桜の花びらを掌に乗せた透花がぽつりと呟いた。
「――えっとね、ティアちゃん。わたしが総くんを振ったこと、妙に広まっちゃってるみたいで……もしかしたら、また今日の嫌がらせみたいな事があるかもしれないの……」
少し思い詰めているような表情を浮かべる透花に、俺は慌てて言葉を返す。
「べ、別に透花が悪いわけじゃないんだし、気にする必要はないよ。それに私はアレくらいへっちゃらだからさ」
だから気にしないで、と伝えたけれど、俯いた透花には届いていないようで。
「色々と巻き込んじゃって、本当にごめんね、ティアちゃん……」
そう背中を向けた透花の横顔は、俺を振ったあの日と同じように見えたのだった。
□■
「中途半端な策は逆効果だったか……」
暗く閉ざされた部屋で、誰かが一人歯噛みしている。
「一般生徒の嫉妬心を利用して、ティベリアにけしかけてみたものの、逆に見せ場を与える形になってしまった」
受け入れがたい現状に、我ながら少し冷静さを欠いていたのかも知れない。
池袋でチンピラを難なく捌いたあの手腕を見れば、この結果は予測できたというのに……。
「だが、もう一つの方の
間違いなく透花への揺さぶりは効いている。
自分が捨てた歯車が、どれだけ大きな存在だったか、透花にはもっと思い知ってもらう必要がある。
――間違った歯車は、捨てなければならない。
――欠けた歯車は、元に戻さなければならない。
どんな手を使ってでも、透花の目を覚まさせる必要がある。
そろそろ、こちらも大きく動くか……。
「――透花は、総一郎と結ばれる運命なのだから……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます