第30話 帰り道

 ――蓋を開けてみると他愛のない話だった。


 俺に嫌がらせをしていた彼女達は、透花の熱狂的なファンだったのだ。

 新参者である俺が、透花の寵愛ちょうあいを一身に受けていることが許せなかったのだという。

 理由を聞いて納得してしまった。だって透花ってば天使だしね。


「それにしても入学したばかりの一年生の中にまで、あれだけ熱狂的なファンがいるのには驚いたよ。しかも一人は、話したこともない透花に憧れてうちの学校を選んだんだってさ」


 一年生をこっ酷く叱った後の帰り道。

 俺は透花と白姫、ちゅう子の三人と歩きながら、さっきの出来事について話していた。


「だからさ、私みたいな留学生がいきなり透花と親しくしてたら面白くないってのも分かる。分かるけどさぁ……」


 俺は一年生から浴びせられた言葉を改めて思い出し、天を仰ぐと、


「だからって『淫猥なロリビッチ留学生が、純粋な透花先輩をいやらしく誘惑している』って認識は酷くない!?」


 アスファルトを砕かんばかりに地団太を踏んで、俺は魂の叫びを上げる。


「私が淫猥? 透花が純粋? いやいやいや、どこをどう見たらその答えに辿り着くのよ? 完全に逆だろ、逆!」 

「一年は透花がセクハラ魔だってこと、まだ知らないやつが多いしなー」


 と、さっきから一人で日陰しか歩いちゃ駄目ゲームをしているちゅう子が笑う。


「ですね。透花さんって相手が下級生であろうと躊躇ちゅうちょなくセクハラするんですけど――」


 躊躇しろよ。可愛い後輩だろ。


「それを〝自分にだけしてくれてる〟と勘違いしてしまって、本当にそっち系に目覚めてしまった一年生が結構な人数いるとかいないとか……」

「ひ、酷い。そんなの無差別テロみたいなものじゃないかッ!!!」

「えー、無差別テロは酷くない? わたしは可愛いもの美しいものを、心のままに愛でてるだけなのに~」


 どこまで本気なのか、透花は口元に指を当ててポヤンと言う。

 そのおどけた表情が、また天にも昇る可愛らしさで……そりゃこの美貌だもの、透花に抱きしめられて、触られて、耳元で甘い言葉でも囁かれた日には、歪むよなぁ、色々と。

 ノンケとか関係ない。ご愁傷様としか言いようがない。


「実はですね、一年生に限らず、男女問わず、透花さんに思いを寄せている生徒は大勢居たんですよ……」


 こっそりと、白姫が俺にだけ聞こえるように小声で言った。


「たとえ透花さんがド変態だとしても、あのお顔ですからね。光に蛾が集まることは、誰にも止められません……」

「今、透花のこと、ド変態って言わなかった? あと蛾って……」


 その言い方だと、白姫は総一郎のことも蛾だと思ってたってことですかね?


「でも、今までは綾崎くんという誰も敵わない完璧な男が常に側にいたわけです。ですから、誰も透花さんに想いを伝えることができずにいました。でも、そこに降ってきたのが『透花さんが綾崎くんを振った』という大ニュースだったわけです」

「あーそれは……もしかして大騒ぎになった?」

「ええ、文春砲も波動砲も顔負けの特大火力です。しかも恐るべき綾崎くんはすぐさま海外へ留学。今まで指をくわえて透花さんを眺めるしかなかった人達にとっては、史上最大のチャンス到来だったわけです」 

「総一郎と透花の破局には、そんな副作用もあったんだな……」


 ……って、破局どころか、最初から付き合ってもいないんだけどな…………悲しくなるから言わせるなよ。


「で、そんな千載一遇の大チャンスに、彗星の如く現れたのが私ってわけだ……」

「その通りですけど、自分で彗星の如くとか言います? ともかく、邪魔な綾崎くんがやっといなくなってくれたのに、今度は新参者の留学生が透花さんを独り占めですから。面白くない人は大勢いるでしょうね」

「それはちょっと申し訳ないことをしたな」

「顔ニヤついてますよ?」

「あ、バレた?」


 だってそれだけ大人気の透花が、今や俺に夢中なんだぜ。そりゃ顔にも出ますって。


「で、ここが本題なんですけど……今回は一年生三人の暴走という形でしたが、第二、第三の透花さん信者が現れるのは、時間の問題だと思うんですよね」


 何だよ、第二、第三の透花さん信者って。

 そのうち四天王とか出てくるのか?


「なるほどな。雪は、今回の事件は総一郎がいなくなったことが原因であり、起こるべくして起こった必然である――って考えてるわけだ?」

「さっすがティアさん、ご名答です」


 茶化すように拍手する白姫。

 だが、その態度とは裏腹に、白姫は今、とても重要な話をしている――そんな気がしてならなかった。 


「確かにな。今までは総一郎がいたおかげで、抑えられていた透花への感情。その中にはきっと好意だけじゃなくて、あまり考えたくはないけど悪意もあるんだろうな……」


 いや、強い好意の方が、裏返って最も厄介な悪意に変じることだってあるか。

 ったく……透花はやっと総一郎から離れられたってのに、皮肉なもんだ。


「綾崎くんの抑止力が無くなった今、透花さんはこれから多くの感情に晒されることが増えると思うんです。それが悪いことだとは言いませんが、悪意であろうと好意であろうと、他人の感情に晒されるのは疲れるんですよね……」


 妙に実感のこもっている言葉。

 白姫も透花と同じく超がつく程のお嬢様なわけだし、今までの人生で色々あったのかもしれない。


 それにしても『悪意だろうと好意だろうと他人の感情に晒されるのは疲れる』か。

 耳が痛いな。

 おまわりさーん、透花に十年も感情ぶつけまくってた犯人はここですよー。

 ……やめよ、悲しくなってきた。


「なので、ティアさんには――」

「――透花のナイト役なら任せてもらおうか。ていうか、元よりそのつもりだしな」

「最後まで言ってないのに即答とは、さすが透花先輩を誘惑する淫猥なロリビッチ留学生!」

「真面目に話してるのにディスるの止めてくれる!」


 なんて顔を見合わせた後、俺と白姫は堪えきれなくなって、プフッと笑い始める。

 透花を大事に思っている――その一点で、白姫と心が繋がったような気がした瞬間だった。

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