第48話 最強VS最強

 ――ゴングが鳴った。


 武道場でゴングっておかしいだろと思ったが、今はそんな事に意識を反らしている場合ではない。

 目の前には清明先輩。その全身からは、静かな闘気が立ち昇っている。


 先輩はすり足でじっくり間合いを詰めてくる。

 淀みのないスムーズな重心の移動。袴で膝の動きが見えないこともあり、次の挙動が恐ろしく予測し辛い。

 女だと舐めてかかって来てくれれば少しは楽だったのだが、どうやらそのつもりはないらしい。

 チンピラやロボット相手に俺の動きを見せたのが災いした。

 その時に力を推し量られたのだろう。


 俺と清明先輩が修める草薙流古武術は、打撃あり、投げあり、関節ありと、基本的には何でもありの実践武術だ。


 師範が『草薙流の創始者は、戦国時代素手で千人の武士をボコボコにした』とか『宮本武蔵もうちの流派出身だった』なんて、子供染みた嘘ばかり吐くものだから、近所の奥さん方からは怪しい道場と思われているが、その実力は紛れもない本物。

 特に師範は、警察の要人警護や、特殊部隊の格闘教練まで頼まれる実力者だったりする。


 そんな草薙流の中でも天才と謳われているのが、齢十七にして師範代まで登り詰めた清明先輩だった。

 とはいえ、天才と謳われたのは俺も同じ。……なのだが、女の身体となった今の俺では、以前の力の半分も発揮できるかどうか。


 小さな主人公が、自分よりデカい敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。

 漫画やドラマじゃよくある光景だが、それが現実的ではないということは少し考えれば誰にだって分かる。


 しかも相手は清明先輩。


 総一郎の身体であったとしても力量は互角。そんな強敵と、この小さな身体で相対さなければならないのだ。

 苦しい戦いであることだけは間違いない。


 重量不足のため打撃は効果が薄い。

 だったら寝技で勝負……といきたいところだが、これも得策ではない。

 体格差が二倍近くあるため、関節がほぼ決まりかけている状態からだって、力任せに剥がされる可能性が高かった。


 スタンドも駄目、グラウンドも駄目。

 ぶっちゃけマジで詰んでいる。


 そんな絶望的な現実を前に、俺はどう立ち回るべきか。

 もちろん今の俺なりに清明先輩への対抗策は用意してきた。──が、それもどこまで通じるか。


『――さあ、ついに始まりました! 世紀の大決戦~清明会長VS謎の金髪ロリ留学生ッ! この試合は司会の私、白姫雪と――』


『解説の梓川あずさでお送りしたいと思います……って、白姫さん!? 先生に何やらせてるの? 先生こんなの聞いてないんですけど?』


『まぁまぁ、先生ってジム通ってるじゃないですか? スポーツジムも武術も同じ運動ですし、イケますって。適当に解説してくれればいいですから~』


『ジムと武術は全然違いますぅ!』


『でしたら、ジムで出逢った今の旦那さんとの馴れ初めでも――』


『し、白姫さん、何で私と彼がジムで出逢ったこと知っているんですかぁぁぁ!?』


 ……う、うるせえ。しかも関係ない話だし。せめて試合の実況をしろ。集中できないだろ! 

 つーか、先生まで巻き込むなよ、白姫被害者の会のメンバーをまた増やす気か?


「――っと!?」


 俺が外野へと気を反らしたその一瞬で、瞬間移動したかのように目の前に迫る清明先輩。高速で伸びる右手が俺の襟を狙う。

 俺は身体を回転させてそれをギリギリで避ける。

 あっぶねー、一瞬で間合いに入られた。緩急の付け方がエグイなオイ。


「上手くさばいたか。だが試合中によそ見とは見下げたものだな……」

「へっ、ご忠告どうも」


 試合相手に注意されるとはいかんいかん。さすがに集中しないとな。

 あれだけ大口叩いて十秒でKOとか、マジで洒落にならん。


 集中だ。

 薄く長い呼吸。

 脳のスイッチを切り替える。

 身体は熱く、思考はクールに。


 ――狙いを定め、姿勢を低く、く、ける!


 瞬時の間合い。

 二つの視線が至近距離でぶつかり合う。

 そこから続く技術わざの応酬。


 清明先輩の右手が俺の奥襟を狙う。

 俺はその手に左肘を当てて弾くと、一歩踏み込んで先輩の鳩尾みぞおち目掛けて掌底しょうていを繰り出す。

 しかし、清明先輩は身体を回転させて掌底の力を逃がす。と同時に裏拳で俺の顎先あごさきを狙いにくる。

 顎をかすめる先輩の拳先。

 上体を後ろに反らすのがコンマ一秒でも遅かったら終わっていた。

 だが、怯まない。上体を反らすのに合わせて、右前蹴りを清明先輩の脇腹に打ち込む。


「軽いな!」


 清明先輩はわき腹に刺さった蹴りに全く怯むことなく、瞬時に俺の足首を取りにくる。退いては間に合わないと判断した俺は、逆に蹴り脚を押し込み先輩の身体を壁にして後ろへ飛ぶ。

 そして離れる互いの間合い。次に備えて軽く息を整える。


 今の攻防で過ぎた時間は十秒にも満たない。

 素人目には速すぎて何が起こっていたのかすら理解に難しいかも知れない。

 しかし、その動きの全てが一撃必殺に繋がっていた。


 ひたいを流れる汗が、チリチリと生存本能を刺激する。

 想像だにしていなかった白熱した戦いに、観客が息を飲むのが分かる。

 この戦いを白姫が用意した軽いエキシビジョンマッチのようなモノだと思っていたに違いない。


 しかし観客を心配している余裕など在るはずもなかった。

 いまだ理解の追いつかない観客を置き去りにするかのように、俺と清明先輩が同時に動く。

 先程までの攻防が、まるで御飯事おままごとだったとでも言うかのように、更に速く、更に鋭く、目まぐるしい攻防が十数手続く。


 一見すると互角。

 しかし、体格差という無情な現実に、徐々にこちらが押し負け始める。


「どうした、威勢が良かったのは最初だけか?」

「へっ、先輩のエスコートが下手くそ過ぎて、寝落ちしそうだっただけですよ!」

「抜かせ!」


 清明先輩の速度がさらに上がる。

 デカくて速いってなんだよ、ずりいな! 一撃でもイイのを喰らったら即終わりじゃねえか。ったく、なんつームリゲーだよ。


 ――けど、勝ち目が全くないわけじゃなさそうだな。


 俺はここまでの戦いである確信を持っていた。


 試合開始直後、解説に気を取られた俺がよそ見をしたあの一瞬。

 もしあの時、清明先輩が繰り出したのが打撃技だったなら、俺は避けることが出来ずに、今頃勝負は決していたに違いない。

 にもかかわらず、先輩は掴み技を選択した。

 その後もそうだ。先輩は打撃を繰り出しはするが、それは全て布石ふせきに過ぎず、本命は必ずその後に続くつかみ技。


 ――ということは、そこから導き出される答えは一つだった。

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