第24話 正体バレたら、即刻マッチョ

 チンピラ二人組から逃げ出した俺たちは、追手をくかのようにいくつかの角を曲がった先で偶然見つけた喫茶店に駆け込んだ。

 そこは数々のアンティークに飾られた上品な空間。

 地下のテーブル席に案内された俺たちは、そこでやっと一息つくことが出来たのだった。


「――うぐ、ひぐ……こ、怖かったよう……」

「よしよし、もう大丈夫ですよ」


 危機は去ったものの、あれからずっと泣き止まないちゅう子。

 よほど怖かったのだろう。白姫しらひめが慰めるように、よしよしと頭を撫でている。

 傍から見ると、失恋した友人を慰める女友達に見えなくもない。

 さっきマスターが「長い人生色々あるさ」と、ニヒルな笑みと共に、頼んでもいないショートケーキをサービスしてくれたのがいい証拠だ。

 マスターの見当違いもいい所なのだが、そこは言わぬが花というやつだろう。


「えぐ、はぐ、えぐ、あむ」


 子供のように泣きながらケーキを頬張るちゅう子。

 その姿に、白姫が興奮しながらスマホのシャッターを切っている。さすがに可哀想だから止めて差し上げろ。


「それとごめんなさい……我がちゃんと前見てなかったから……迷惑かけて……ぐすっ」


 明らかに相手がワザとぶつかって来たというのに、友達に迷惑かけたからと謝るなんて、さすが透花の友達。

 中二病のクセにめっちゃいい子だな。

 いい子なんだから、いい加減写真撮るの止めて差し上げろ白姫さん。


「それにしてもティアちゃんって、強いんだね。お姉ちゃんビックリしちゃった」


 透花が言った。

 色々あって疲れたのだろうか、少し元気がなさそうに見える。


「え、あ……いや、き、鍛えてる……から?」

「…………」


 じいっと見つめられる。

 いや、見つめられてるというより……疑われてる?


「ティアちゃん、もう誤魔化さなくていいんだよ。わたし、もう分かっちゃったから」

「へ、わ、分かったって……な、何が?」


 何、急に? 真理に気づいた探偵のようなその表情は何よ。

 ま、まさか俺の正体がバレたとか?


『――正体がバレるようなことは絶対するでないぞ。もし誰かが、お主の正体に気付きでもしたら、その時は即刻、男の身体に逆戻りじゃからの!』


 そんなヒコナの言葉が頭をよぎる。

 あれ? 即刻って……まじで即刻? 今この時? 現時点をもって?

 それってかなりヤバいんじゃ? だって人前だぞ? 

 服だって女子小学生サイズの白いワンピースだ。

 こんな状況で、鍛え上げられた綾崎総一郎の細マッチョボディに戻りでもしたら――。


 脳裏をよぎるのは、ビチビチに破れたワンピースに身を包む総一郎の姿。


 そんなの阿鼻叫喚、地獄絵図じゃねえか!


「ティアちゃんって……もしかして――」

「ちょ、やめ、今はダメ! と、透花、それ以上何も言わないでーーーーーっ!」


「――総くんから、武術を習ってたんじゃない?」


「…………へ?」

「だって、さっきの動き、総くんにそっくりだったから……」


 あ、あー、なるほどなるほど、そう来たか。

 いやそうだよね。いくら何でも『ティベリア=総一郎』の可能性なんて普通は考えないよね。あー焦って損した。


「そ、そうなんだー。昔、少しだけ総一郎から武術を教わってね。だから、動きが総一郎に似ちゃうのは仕方のないことなんだ。うん、そうなんですよ。あはは、あはははは」

「……少しだけ教わったという割には、動きが達人級だったように見えましたけれど?」


 はい、白姫さん鋭い。

 毒針持たせたら、確実に会心の一撃突いてくるタイプだよね。


「わ、私って、飲み込みが異常に早かったみたいで……いわゆる天才、みたいな?」


 我ながら安易な言い訳である。

 だが、ティベリアと総一郎は『長期休暇などで、たまに会う程度の親戚』と、最初に説明してしまっている。

 だから、長期間に渡って指導を受けた、などと言うわけにはいかないのだ。


「なるほど、あの人間離れした動きは、綾崎くんと天才少女の邂逅かいこうが生み出した、奇跡の成せる技だったわけですね……それなら納得です」


 こちらも探偵でも気取っているのか、ふむふむと頷く白姫。


「確かに綾崎は只者ではなかったからなぁ。恐らくあの男は、二度の転生を経て異世界を何度も救った魔王的なアレに違いない……」


 俺、異世界なんて救ってないですよ、ちゅう子さん。

 あと魔王が世界救うの? 滅ぼす方じゃなくて? 

 などと心の中でツッコミを入れている時に、ふと気づく。いつもは誰よりも口数の多い透花の不自然な静けさに。


「……透花、どうかしたの?」

「あ、ううん、別に大したことじゃないんだけど……」


 歯切れの悪い透花。笑顔をまとってはいるが、少しぎこちない。

 さっきも少し元気が無いように感じられたが、一体どうしたのだろう。


「悪者を退治してくれたときのティアちゃんが総くんにすごく似てたから……ちょっと総くんのこと思い出しちゃって……」


 そう呟く透花の顔は、俺を振ったあの時の泣きそうな困り顔によく似ていた。


「あはは、ごめんね、急に変なこと言っちゃって。せっかく遊びに来てるんだから、もっと楽しい話をしないと勿体ないよね♪ よし、気を取り直して、次はどこに行こうか?」


 何かを振っ切るように、誤魔化すように、無理やりな笑顔を振りまく透花。

 それから帰るまでの間、透花は何事もなかったかのように、ずっと楽しそうに笑っていたのだった。

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