第23話 最強はTSしても最強

 下着を購入するという目的を果たした俺達は、そのままサンシャインを後にした。


 それからしばらくは、ゲームセンターに行ったり、靴や服を見たり、透花が客引きのメイドに着いて行こうとしたりと、池袋の街を当てもなくブラブラと散策していた。


 それは自分が元は男だということを、つい忘れてしまうくらい楽しい時間。


「――だから、邪魔して欲しくないんだけどなぁ……」


 透花たちに聞こえないように、俺は小さく苛立ちの声を漏らす。

 サンシャインを出た辺りから、ずっと同じ視線を感じる。

 最初は気のせいかとも思ったが、ここまでしつこいとなると、後をつけられているのは間違いないだろう。

 相手の人数は分からない。複数いるような気もするし、一人かもしれない。

 気配から察するに素人だとは思うのだが、周囲に人が多すぎるせいで犯人の特定までには至らない。

 

 ――それにしても狙いは何だろうな……。


 昼間の繁華街で、わいせつ目的ってことはないだろう。

 身代金目当ての誘拐? いや、それこそ人気の無いところを狙う。

 じゃあ他に考えられる可能性は……ストーカーとかか? 


「だとすれば、狙われているのは透花に違いないな……」


 白姫もちゅう子もいい線をいってるとは思うが、透花と比べれば月の女神アルテミスとすっぽんなのだから。


 それに体力測定の時の、あの謎の光のこともある。


「もしかしたら、このストーカー野郎はうちの学校の生徒かもな……」


 なんて、俺が頭の中で思考を巡らせていると――前方から突然、ドンという衝突音が聞こえた。


「ひゃぅっ!」


 小さな悲鳴を上げ、後ろ手に倒れ込むちゅう子。

 その怯える視線の先にいたのは――。


「おうおうおう痛いのう。腕折れるかと思うたわ。なぁ、姉ちゃん、前はよぉく見て歩かんといけねえよなぁ?」

「うっわ、こいつは酷え。おろし立ての兄貴のアルマーニのスーツがコーヒーで台無しじゃねっすか! おーう、姉ちゃんこの落とし前どうしてくれんの? ああん?」


 おっすオラチンピラ! といった風貌の男が二人。

 男達は赤べこのように首を上下に動かしながら、何とも古典的な因縁をちゅう子に吹っ掛け始める。


「どうしてくれるって……わ、我は避けたのに……そっちがワザと――」

「ああん、このガキ! 兄貴が悪いってのか、ああん!? 事務所行くか、コラぁ!」

「ひっ!」


 ちゅう子を脅しているのは、兄貴と呼ばれているオールバックにサングラスの男と、三下感丸出しの若い金髪の男。

 こいつらか……ずっとつけて来てたのは。


「くそ、油断した……」


 まさか犯人が前から堂々と姿を現すとは考えていなかった。

 それに、犯人の風貌が想定とかけ離れていたのも反応が遅れた原因だった。

 目の前の二人は、どこからどう見ても学生にもストーカーにも見えない。

 

 自分の浅はかさに反吐が出る。


 だが幸い、ちゅう子に怪我は無いようだ。

 ならば、今からでも俺がこいつらを追っ払えば、楽しいデートタイムが再開できるはず。

 そう考えた俺が一歩足を勧めようとしたその時――俺より先に前に出る者がいた。


「ちょっと、あなた達何なんですか!」

「なっ、透花!?」


 その光景に俺は言葉を失う。

 何故なら、それは俺の知る透花のイメージからあまりにもかけ離れた行動だったから。

 あの穏やかで、争いとは無縁な透花が、友達を守るためとはいえ真っ先にチンピラどもに立ち向かうなんて……。

 正直信じられなかった。


「なんじゃい姉ちゃん。そこのチビガキのお友だちか? だったら姉ちゃんが代わりに落とし前つけてくれてもええんやぞ。全員まとめて事務所行くか、なぁおい!」

「……っ!」


 勇ましくも友人を守るために飛び出した透花。

 だが透花は震えていた。手も足も、美しく澄んだその声さえも……。


 そんなの当然だ、怖くないわけがない。

 狂暴なチンピラ二人を相手に、平然と立ち向かえる女の子なんてそう居るはずがないのだ。

 だというのに、透花は誰よりも早く動いた。

 きっと、考えるより先に身体が動いてしまったのだろう。


「なんじゃい、威勢がいいのは最初だけかい! 舐めた口きいてっと痛い目見んぞ、コラァ」


 透花が怯えていることを感じ取ると、畳み掛けるように更に声を荒げる金髪。

 恐怖で相手の思考を押さえつけ、言いなりにさせようとする小悪党の常とう手段だ。

 降りかかる高圧的な怒声に、透花の身体がびくりと固まる。

 だが、それでも透花はチンピラたちから視線を外さなかった。


 ――絶対に退かない。


 そんな強い意志が、その華奢きゃしゃな背中から溢れていた。


「……透花」


 それは百合セクハラ魔とはまた違う、俺の知らなかった透花の姿。

 俺は透花に釣り合う男になるために変わろうと思った。けれど、変わったのは俺だけではなかったのだ。

 あの頃より、透花もずっと強くなったことを、俺は今更になって知った。

 そんな透花を、俺は誇らしく感じ、そしてもっと深く知りたいと思った。


 ――でも、そのためにはまず邪魔者にご退場願わねえとな。


「なぁおっさん。ここにはアルマーニじゃなくてユニクロって書いてあるけど、アンタ字も読めないの? 小学校からやり直した方が良いんじゃないの?」


 俺は音もなくチンピラの死角に忍び寄ると、ジャケットを捲って、そこに書いてあるメーカー名を読み上げる。


「なっ! このガキ、いつの間に!?」


 咄嗟に俺を振り払おうとするグラサン男。だが遅い。

 俺は宙に浮かぶ羽毛のように、武骨な腕をすり抜けグラサン男の背後に回る。そして素早く男のジャケットを降ろすと、その両腕をジャケットで後ろ手に拘束する。

 同時に男の膝裏を軽く蹴飛ばす――と、男は何の抵抗もできないままゴロリとうつ伏せに転がった。


「え?」


 芋虫のように地面に這いつくばったグラサン男は、アスファルトにキスをしながら間抜けな声を漏らす。

 何が起こったのか理解ができないといった顔だ。


「ユニクロは俺も好きだけどさ……さすがに高級ブランドって嘘つくのは、恥ずかし過ぎるからやめておいた方がいいと思うよ、おっさん」

「て、てめえ、兄貴に何しやがる!」


 兄貴がやられたことに腹を立てた金髪男が真っ直ぐに殴りかかって来る。

 が、こちらも合気の空気投げで一回転。先に転がってるグラサン男の上に落としてやる。


「ぶへっ!」

「ぐえっ!」


 醜い二重奏だ。

 だが下敷きになった兄貴とやらも後輩を守れて本望だろう。


「ご、ゴホッ……い、今……何しやがった!」


 目を白黒させる金髪男。

 触れられた感覚すらないのに、いつの間に投げ飛ばされていたのだから混乱するのも無理はない。


「ってか、金髪の方はまだ喋れるのか……手加減し過ぎたか? んじゃ、トドメと行くか」


 俺がスッと目を細めると、金髪男はますます怯え、尻もちをつきながら後ずさる。


「逃がさねえよ」


 俺は金髪男の股間を右足で軽く踏みつけ笑みを浮かべる。


「ヒッ!?」

「逃げない方がいいよ、お兄さん。次に逃げる素振りを見せたら――潰しちゃうぞ?」

「ヒィィィィィ!」


 今にも失禁しそうなほどに怯える金髪男。

 あれ? あまり怖がらせるのもよくないと思って、女の子らしく笑顔で言ってみたんだけど……逆効果だった?


「それにしても自分からぶつかってコーヒー溢して服を弁償させようってか? 随分と古典的な手だけど本当にそれが目的か? そのためにずっと俺達をつけ回してたのか?」


 こういう輩は、自分達の縄張りでカモが通るのを待ち伏せするのが普通だ。なのにこいつ等はサンシャインから一時間以上も俺たちを付け回していた。

 はっきり言って不自然すぎる。

 裏に何かあると考えるのが妥当だろう。


「そ……それは……」


 明らかに慌てる金髪。この反応、やっぱり図星か。


「ずっと俺たちのこと付け回してたのは、何が目的だ?」

「も、目的も何も俺らは、偶然通りかかっただけ――」

「偶然……ね。正直に話した方が身のためだよ、お兄さん?」


 グリッと、股間を踏みつける足に捻りを加える。


「うぎゃーーーー。言う、言うから! 教えてもらったんだ。お前らが金持ちのお嬢様だって。ちょっとビビらせれば、すぐに金を出すからって! なのに、く、くそ、聞いてねえぞ……こんなガキが馬鹿みたいに強ええなんて……」

「あ? 教えてもらったって……誰に?」

「そ、それは……」

「――ティアさん逃げましょう!」


 金髪が何かを言いかけたその時――。

 尋問を続ける俺の手を、白姫が引っ張る。


「な、雪? まだ聞きたいことが――」 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 人集まって来てますから!」


 その言葉に辺りを見回すと――本当だ、続々と野次馬が集まってきている。

 裏路地だからと油断していたが、さすがは池袋。このままだと警察が来るのも時間の問題だろう。

 俺やちゅう子は平気だが、透花と白姫はいい所のお嬢様だ。

 たとえ被害者であろうと、警察沙汰は色々と困るに違いない。


 ……仕方ない。ここは素直に逃げるしかないか。


 そう判断した俺は、白姫に引かれるに任せて、その場から離脱したのだった。



 ――――――――――――――――――――


 余談ですが、ティベリアにご褒美……じゃなくて、股間踏んづけられてた金髪男ですが、

 この後『メスガキ系女王様の居る風俗の常連になる』という設定です。

 新たな扉を開いちゃった感じですね。


 あ、どうでもいいですか。すみません。




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