第21話 TSっ娘、初デートへ行く?

 そして翌日――約束の日がやって来た。


 今日は土曜日なので学校はもちろん休み。

 俺は待ち合わせ場所である池袋サンシャインのスターバックス前に立っていた。

 見上げると都心のビル群を包む空は晴れやかで、雲一つない快晴。コンクリートを駆け抜ける風さえも、春の香りを漂わせて五感をくすぐる。


「まさしく絶好の自己研鑽日和だな」


 などと言って、かつての俺であればくたびれたジャージ上下で、一日二十時間ほどを勉強やら鍛錬やらに費やしていたことだろう。

 だが今日の俺はちょっと違う。

 

 ――何故なら今日は、俺と透花の初デートなのだから!


 そう、デェト。ふほほ、デェェェェトなんですよっ! 

 というわけではやる気持ちを抑えつつ、この場で二時間前から待機中だったりする。

 いや、さすがに早過ぎるとは思ったんだけどね。でも、そわそわして家に居られなかったんだよ、仕方ないだろ!

 辺りを見渡すと、さすが休日の池袋。

 多くの家族連れやカップルで賑わっていた。


「へっ、俺もこの中に交じって、透花とデートするんだと思うと足が震えるな」


 ちなみに武者震いなんかじゃない、素でビビってるだけだ。

 それにしても透花のことだから、もっと高級な百貨店とかを指定してくるかと思ったが、意外に年相応なチョイスだったので助かった。

 セレブ御用達の超高級ランジェリーショップなんかに連れていかれた日には、俺は心労で倒れてしまうに違いない。

 庶民である俺に、透花が気を使ってくれたのかも知れないな。


「それはそうと、俺、変じゃないよな? 臭かったりしないよね?」


 初めてのデートに気が気じゃない。

 ワキやら口臭やらセルフチェックする――問題なしだ。歯磨きも血の味がするくらいにやったしな。


 ついでに店のガラスで自分の姿を確認する。

 服は清楚系の淡いピンクのワンピースとグレーのベレー帽。足元はブラウンのサンダル。アクセサリーはよく分からなかったから無し。


 我ながら上手く着飾れたと思う。

 少し可愛すぎて着るのに抵抗があったが、透花に喜んでもらうためと自分に言い聞かせた。


「白姫のやつ、透花好みの服装を教えてもらおうとしたら『全裸にリボン』なんて冗談を言い出すんだもんな。ったく、こっちは真剣だってのに……」


 いや、冗談だよな? うん、冗談に違いない。


「あとは……」


 前髪とか崩れてないかな? 他にも鼻毛なんか出てたら最悪だ。

 透花の初デートの思い出が『ティアちゃんの鼻毛が出てるの言おうか言うまいか、悩みに悩んだデート』になってしまったら、もう死んで詫びるしかない。


「よし異常なし。身だしなみのチェックも完璧だ。透花にはちゃんと可愛い俺を見てもらいたいからな……って俺は女子かッ!」


 待ち合わせでそわそわして、前髪直してそわそわして、完全にデート前で落ち着かない可愛らしい女の子じゃねーか!

 お、恐ろしい。精神は肉体の影響を強く受けるというが、ここまで自然と女子化が進んでいるとは……。

 だが透花を想うならば、身も心も順調に女子に近づいているという事実は、喜ばしい変化なのか?

 ぐぬぬ、未だに女としての自分の立ち位置と方向性が定まらないぞ。

 

 そんな風に女としての自分の進むべき道に頭を悩ませていると――


「だーれだ?」


 背後から甘い吐息がぞくりと耳に触れた。

 それと同時に、背後から伸びた手が俺のささやかな両胸をむんずと掴む。


「うひゃうっ!? ……と、透花!?」

「せいかーい。よく分かったね~」

「よく分かったも何も丸見えだから! 普通隠すのって目だよね? どうして透花は私の胸を隠してるのかな?」

「え、触りたいからだけど?」


 ど真ん中、直球ストレート勝負だった。


「あーお前ら、こんな所にいたのか? 探したではないか!」


 続いて聞こえる明るい声に振り返ると、そこには小走りで近寄って来るちゅう子と、笑顔で手を振る白姫の姿があった。


「ふふふ、お二人とも朝から仲睦まじくて素敵ですね」

「スタバのある入口集合とは言ったが、外で待つやつがあるか。普通は中で待つだろ。春でも紫外線は常に降り注いでいるんだぞ! 乙女の柔肌の天敵なのだぞ!」


 腰に手を当てて小姑のように怒るちゅう子。

 中二病のくせに肌年齢とか気にするんだな。意外に女子っぽいというか、地に足の着いた発言をする中二病だった。


「………そういえば、何で雪とちゅう子が居るんだ?」


 今日は俺と透花の二人きりデートじゃなかったっけ?


「居るに決まってるじゃないですか! だって提案したの私ですよ? それにこんな面白イベント……ではなくて、愉快な催し物を見逃す手はないですからね♪」

「言い直したけど全然意味変わってないよね!? 本音を隠す気、全く無いよね!?」

「第一、ティアさんの歓迎会も兼ねてみんなで遊ぼうって、ちゃんと言いましたよね?」

「そうだっけ?」


 透花とデートできることに頭がいっぱいで、ちゃんと会話聞いてなかったかも?


「はぁ、やっぱり聞いてなかったんですね。ティアさんは本当に透花さんしか見てないんですから。あれだけセクハラされてもこたえてないのは、ある意味凄いですよ」

「いやまあ……セクハラについては心を整理するのに、それなりの時間は必要だったよ?」


 透花のセクハラに関しては、できれば止めさせたいという気持ちはある。けれど焦りは禁物だとも考えていた。

 なにしろティベリアとして透花と出逢ってから、まだ一週間も経っていないのだから。

 何をするにしても、まずは信頼と友好を深めることが先決だろう。親交を深めていけば、その過程でセクハラを辞めさせる方法も見つかるかもしれないからな。


「どうでもいいが早く行かないか? 我、お腹ペコペコだ。オムライス食べたいぞ」


 お腹に手を当て、白姫の袖をくいくい引っ張るちゅう子。ちょっと可愛い。

 もちろん女子としてではなく、ハムスターとかモルモットとかに抱く愛玩的な感情だが。


「それでしたら少し早いですけどお昼にしましょうか? 三階に美味しいオムライス屋さんがあるんですよ~」

「わーい、オムライス~。早く行くぞ、皆の衆!」


 白姫の手を引っ張って、元気に歩き出す中紅子あたりこうこさん(十六才・高校二年)。

 まるで母の手を引く幼女のような、その純真無垢な振る舞いに『華のJKが本当にそれでいいのか?』と、心配になる俺なのだった……。

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