第16話 居すわる神と、惚れ直すTSっ娘
――保健室で透花の本性を知った日の夜。
「なるほど、それでお主は中途半端に弄ばれ火照った身体をよろめかせながら、やっとの思いで帰宅したわけか。うははははは、それはそれは大爆笑じゃの」
「爆笑じゃねーし、身体も火照ってねーよ!」
嵐のような登校二日目を終えた俺を、ヒコナが遠慮もなしに笑い者にする。
リビングのソファーで横になりながら、いちご牛乳をチューチューする仕草が憎たらしい。
「――ってかお前、何で当たり前のようにずっと家にいるんだよ。願いは叶え終わっただろ? だったら
「帰る? 妾がいつ帰ると言った? しばらくここに住むに決まっとるじゃろ」
「決まってねえわ! 許可できるか!」
まさかとは思っていたが、恐れていたことを平然と宣言したよ、この神様。
「あのな、母さんだってそのうち海外出張から帰って来るんだぞ。なのに、お前みたいなの置いておけるわけがないだろうが!」
言い忘れていたが、我が家は母子家庭だったりする。
親父は俺が物心つく前に病気で死んだ。
幼い頃、俺がイジメの標的になっていたのは〝そういう理由〟もあったのだが……まあ、それは今となってはどうでもいい話だ。
輸入食品を扱う会社でバイヤー兼商品開発を担当している母さんは、一年の半分近くを海外で過ごしている。
なので、実質この家を管理しているのは俺なのだが……だからといって勝手が許されるわけではない。
「母さんは、俺を信頼してるからこうして自由にさせてくれてんだよ。なのに、久々に帰って来たら、知らない女児が
「じゃったらお主こそ、自分が女になったことを母親にどう説明するつもりなんじゃ?」
「………………そ、そうだったぁぁぁぁぁぁッ! 俺も知らない女児じゃねぇかぁぁぁ!」
いくら書類上の身分を偽造したところで、人の記憶までは改ざんはできない。
傍から見れば俺だって、他人の家に勝手に居座っているだけの天涯孤独の金髪ロリでしかないのだ。
「母親が帰ってきた時、そこに妾がおれば、色々と話がスムーズに進むのではないか?」
「ぐ、それは……」
確かにその通りだ。こんな姿で『俺、俺だよ、総一郎だよ』なんて言っても、信じてもらえるはずがない。
オレオレ詐欺ならぬ、俺ロリ詐欺として通報されるのがオチだ。
その点ヒコナは見た目こそ子供だが、神通パワーなんて怪しげな力を持っているし、状況を説明するには居てくれた方が助かるかもしれない。
ま、まさか、こんなガキンチョに論破される日が来ようとは……。
「うはは、結論は出たようじゃのぉ。ま、出て行けと言われても絶対出て行かんがな。こーーーんな面白いこと、見逃す手はないからのう。うははははは」
「結局それが本音かよ!」
他人の人生を酒の
「それにしても、さっそく百合透花にセクハラされるとはのう。やはりお主にはセクハラ嬢の才能があるようじゃの」
「何だよ、そのセクハラ嬢って!?」
「うはは、冗談じゃ、冗談。それに百合透花のどんぴしゃストライクゾーンは金髪ロリ、という妾の見立ては間違いではなかったであろう? なのに、お主ときたら全く信用せんで」
俺が話を信じなかったことを根に持っているのか、ねちねちと文句を言うヒコナ。
「お前を信じなかったのは悪かったと思ってる。でもな、こっちだって言いたいことはあるぞ。透花が俺に本性を隠してるって、お前、知っててわざと教えなかったな!」
願いを叶える人間の下調べは完璧だとヒコナは言った。
だとすれば、百合セクハラ魔だという透花の本当の姿だってコイツが知らなかったはずがない。
「だって、教えない方が面白そうじゃったし~」
「こ、こいつ……」
うひゃひゃひゃひゃ、と足をばたつかせて笑うヒコナ。
ほんっっっっと殴りたい。
それとも変顔して鼻からいちご牛乳噴出させてやろうか。
「それで、あの百合透花を見てどう思った? 百年の恋も冷めたか? やはり男に戻りたくなったか?」
俺の覚悟を推し量るかのように、ヒコナはニヤついた言葉を並べる。
「へっ、そんなわけないだろ。この程度で俺の透花への気持ちが変わるかよ!」
「ほう……さすがの粘着じゃの」
「粘着言うな」
「じゃが、好いた女の本性が自分に見せていたソレと全然違っていたわけじゃろ? それを知っても全く気持ちが変わらんというのはどうなんじゃ?」
唇に光るいちご牛乳を、小さな舌で舐め取りながらヒコナは言葉を続ける。
「それは、百合透花の〝容姿が好きなだけで中身はどうでもよかった〟という事ではないのか?」
「……それは…………」
嫌なことを言う神様だ。
だが鋭い所を突いてくる。
「確かに、最初は顔で好きになったのは否定しない」
「否定せんのか。潔いというか、男らしいというか……」
「事実だしな。それに、透花が俺に本当の姿を見せてくれてなかったのは……そりゃ、きついし、色々と引っ掛かるけどさ……」
帰り際に白姫から聞いた話だと、クラス内でも俺に透花の本性を教えた方が良いのではないか、という話題が度々出ていたらしい。
だが、鬼気迫る勢いで透花を追い続ける俺に、真実を伝えられる者は誰一人としていなかったのだそうだ。
それに、透花本人も俺に対して完璧な透花お嬢様を演じ続けていたため、結局は当事者たちに任せようという結論に至った――とのことだった。
「きっと透花も他のやつと同じで言い出せなかったんだよ」
何しろ、透花を追い求めて努力し続ける俺は『百合透花・女神教』の狂信者だったらしいからな。
「とにかく、今の俺はティベリアなわけだし。透花が総一郎に本性を隠してたとか、思ってた性格と全然違ったとかは……この際どうだっていいんだよ」
自分に言い聞かせるように、投げやりに言い放つ。
「ほう、嘘を吐かれていた事も、百合透花の本性もどうでもいいと? その心は?」
「……可愛かったから」
「は?」
「保健室で白姫たちと一緒にふざけて、声を上げて笑う透花の姿が……メチャクチャ可愛かったんだよ」
ポカンと口を開けたままのヒコナを無視して、俺は話を続ける。
「最初は何も知らなかった自分が悔しくて呆然とした。俺の今までの気持ちは、全部まやかしだったんじゃないか……なんて考えもした。でもさ……」
それは十年前のあの日、初めて透花を目にした時と似た感覚。
「保健室で白姫たちと一緒に花開いたように笑う透花の顔を見た瞬間、そんな迷いは一気に吹き飛んだんだ」
くだらない話で騒いで、口を尖らせて、意地悪して、そしてまた笑って。
「見たことのない透花の姿に戸惑いが無かったとは言わない。でも、全身で喜怒哀楽を表現する透花は、やっぱり可愛くてさ……」
我ながら単純だしチョロいとは思う。
だけど、これが今の俺の正直な気持ちなんだから仕方がない。
「結局俺は、今まで知らなかった透花の新たな魅力に、心底惚れ直しちまったんだよ」
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