第15話 本当の百合透花

 ――更衣室での流血沙汰の後、透花は保健室に運ばれていた。

 

 今はまだ体育の授業中だが、俺と白姫とちゅう子の三人は、透花の付き添いとして保健室に残らせてもらうことにしたのだった。


 パイプ椅子に腰かけ、起きる気配のない透花の顔を見つめる俺たち。

 大事ないらしいが、一応百合家に連絡を入れるため保険の先生は席を外している。


「ふふふ。やはりこうなりましたか。ティアさんもさぞかし驚かれたでしょう?」


 静かに寝息を立てる透花を横目に、白姫が可笑しそうに笑う。


「驚いたも何も……まぁ、これって夢だからね」


 だって、あの透花が俺のパンツで鼻血って……夢にしたって酷すぎる内容だ。


「ただ、こんな夢見るってことは、私が透花にあんな風に愛されたいって深層心理で望んでるってことだと思うんだ。歪んでるよね」


 たとえ夢だとしても、こんな妄想するなんて、本気まじで透花に申し訳ない。


「おい、雪。ティアのやつ、まったく現実を受け入れてないぞ?」

「何をおかしなことを言っているんだい、ちゅう子さん? 俺は現実を受け入れているとも。これが夢だという現実をさ……」

「なんか自分のことを俺とか言ってるし。かなりヤバ状態なんじゃないか?」


 何やら酷い言われような気がするが、まぁいいか。これ夢だし。

 あと、これちゅう子だし。


「まぁまぁ、ティアさんは『百合透花・女神教』の信者ですから。現実を受け止めきれずに脳回路がショートしてしまったんでしょう」


 やっぱり何だか酷い言われ方をしている気がするが、まあいいか。これ夢――以下略。


「ティアさん、気をしっかり持って下さいね? 綾崎くんから聞かされていた透花さんのイメージとは、少し、かなり、全然違っていたかも知れないですけれど。本当の透花さんって、実はあんな感じなんですよ?」


 夢にしてはリアリティのある白姫の言葉に、俺は少し困惑する。


「本当の透花はあんな感じって、ロリのパンツで血の池地獄のこと? いやいや、だからそれは夢だって……」


 必死に否定する俺を見て、何か不憫な生き物でも見るような表情を浮かべる白姫。


「もう、仕方ないですね。透花さんからは口止めされているんですけれど、やはりちゃんと説明するしかないようですね」

「説明って……?」

「えっと……ティアさんは綾崎くんが透花さんに告白して振られた事はご存知ですか?」

「ぐはぁっ! そ、それは……よく存じております……」


 突然の精神攻撃。

 トラウマにクリティカルヒットを喰らう俺。

 知ってるも何も、振られたの俺だからね。

 分かってはいたけど、第三者から改めて言われると現実味が増して絶望が半端ないな。


「では、透花さんが綾崎くんを振った理由もご存じで?」

「…………それは、まぁ、総一郎から聞いた……みたいな? 透花が女の子しか好きになれないってやつだろ?」


 毎日毎日、夢にうなされて跳び起きる程度には存じておりますとも。


「そうですか、透花さんのセクシャリティを既にご存知なら話は早いですね――」


 ふうっと一呼吸。そして白姫が酷く神妙な面持ちになる。


「……いいですか、ティアさん? 落ち着いて聞いて下さい。そして、現実から目を逸らさないで下さいね……」

「何、その言い方……」


 余命宣告する医者みたいでめっちゃ怖いんだけど……。


「透花さんは一見すると絢爛豪華けんらんごうか十全十美じゅうぜんじゅうびの素敵お嬢様に見えますけれど、実際は大の女好きで、好みの女の子を見ればあの手この手でセクハラを強行きょうこうせしめんとする、ガチ百合セクハラ魔なんですよ!」

「は? ガチ百合セクハラ魔って……白姫さん? 急に何言って?」


 訳が分からない。どゆこと? 

 あの透花がセクハラ? 何の話よ? 


「いいですか? 透花さんはですね。兎にも角にも、口を開けば女の子の話題ばかり。東に短いスカートがあれば階段で覗きを働き、西に可愛い後輩がいれば頼りになる先輩ぶってボディタッチを強行する。そういう女の子なんですよ?」

「何その低俗な宮沢賢治。嫌過ぎるんだけど!?」

「綾崎くんが語る透花さん像しか聞かされていないティアさんが知らないのも無理はありません。だって透花さんは、綾崎くんの前でだけは〝完璧美少女・百合透花〟を演じ切っていましたからね……」

「う、うそ……そんな、まさかぁ」

「ちなみに透花さんが、特に好きなのは金髪の小さな可愛らしい女の子です」

「なっ……」


 あまりの馬鹿げた話に言葉が出ない。

 でもこれって、冗談って空気じゃないよな。

 ……じゃあ、本当に本当なのか?

 俺の知ってる完璧な百合透花は仮の姿に過ぎず。本当の透花は女好きのセクハラ魔だってのか?


「そんな、だって透花は、俺にとって憧れの――――ぴゃッ!?」


 反論しようとした俺の身体を経験したことのない感覚が襲う。

 見ると、背後から差し出された二本の手が、俺の両胸をふにゃりと鷲づかみにしていた。 


「な、え? と、透花!?」

「こらー雪ちゃん。何でバラしちゃうの~。せっかく優しくて素敵な透花お嬢様を演じてたのに~」


 いつの間にか起きていた透花が、背後から俺の胸を掴みながら不満げな声を上げる。


「ティアさんの下着に興奮して鼻血噴いてる時点で、もう手遅れだと思いますけれど」

「むう、それはそうかもだけどさー」


 と、口を尖らせながらも、透花は俺の胸を揉む手を一切休めない。


「ちょ、透花。何をするんだ、や、やめー」

「よいではないか、よいではないか~」


 さわりさわりと、透花のしなやかな指が、俺のささやかな膨らみの上を縦横無尽に跳ねまわる。

 ぎゃーー、透花が、あの透花が俺の身体をまさぐってるぅ。うひゃう、くすぐったい。

 あ、でも、何だろ。それだけじゃなくて……身体の奥がもぞもぞするような、ゾワゾワと切ないような……。


「やめなさい!」


 スパンと、白姫のスリッパが透花の頭に炸裂する。


「痛った~。雪ちゃん、ひどい~」

「もう、透花さんやりすぎです。ティアさんが真っ白になってるじゃないですか」

「あれま……本当だ。これ以上は無理かぁ。意識のない女の子にイタズラするのはわたしのポリシーに反するからね」

「意識があるならイタズラしていいと思っているのが、まず問題だと思いますよ?」

「あはは、これまた痛いところと突かれたにゃー」


 俺を解放すると、叩かれた頭をさすりながら、締まりのない顔でけらけらと笑う透花。

 そのお道化た態度に、俺は開いた口が塞がらないほどの衝撃を受ける。


 ――普通の女子高生であれば何てことのない、友達とふざけるその姿。


 だが、目の前に居るのはあの百合透花なのだ。

 常に気品と高潔さを兼ね備えたあの透花が……布団を押しのけ足をバタつかせて、お腹を抱えて、声を上げて笑っている!?

 いやいやいや、だって透花って笑うときは口元を手で隠して、うふふとか、えへへみたいに『笑うところを見られるのも恥ずかしい』みたいに笑ってたじゃん! 

 ってか、にゃーって何? 

 あの透花がにゃー? 

 何それ? 何なの、その言葉遣い?

 この楽しそうにコロコロと笑う少女は、本当に俺が知ってるあの百合透花と同一人物なのか? 


 十年も追いかけ続けたというのに、俺は透花のこんな表情を見たことがない。

 これが白姫の言う俺だけが知らない〝本当の百合透花〟だというのか? とてもじゃないが信じられない。


 誰だ。誰なんだよ。

 この陽気なねーちゃん、誰なんだぁぁぁっ!?



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 無謀かもですが、夢はでっかくTS百合での商業化だったりします。

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