第14話 着替えと鼻血ボルケーノ
女の子同士って凄いかもと思った。
最高だと、幸せだと思った。
だがこの状況は想定していなかった。
いや、冷静に考えれば想定しておくべき状況だったのだが、完全に失念していた俺のミスだ。
「…………女子として学校に通うんだから、この事態は予測できたはずなのに……」
ティベリアとしての登校二日目。
辺りには見渡すかぎり、女子、女子、女子。室内に男子は一人もいない。
そりゃそうだ。午後の授業は体育。現在地は女子更衣室。
俺は今、着替え中の女子の群れに放り込まれた、哀れな子羊と化していた。
「……二日目からなんつー試練だ」
トイレは個室だから何とかなった。だが着替えはマズイ。
まともに目も開けられない。
でも目を開けないと着替えることもままならない。
羨ましいって? そりゃ当事者じゃないから言えるんだよ。マジで生きた心地がしないからね。不安と罪悪感しかないよ、コレ!
この二週間で、やっとティベリアの身体には慣れてきたってのに……やっぱり自分と他人様の身体じゃ感覚が全然違う。
つーか、ロリとJKじゃ造形も刺激も何もかも違うし……。
あ、似たり寄ったりのが一人いた。
「……ちゅう子、一緒に着替えよう。仲間だし……」
同じく平らな胸一族である、
「どうしたのだティア。仲間って何のこと……って、どこを見て言っておるのだ!? わ、我だって、もうすぐママみたいにビッグに育つんだぞ。一緒にすんなぁぁぁ!」
泣きながら逃げられた。
そんなに気にしていたとは、何だか悪いことしたな。
一緒にすんなは、ちょっと失礼だと思うが。
それにしてもちゅう子って、中二病のくせに母親のことママって呼んでるのか、意外に可愛いところあるんだな。
可愛いといっても犬猫ペット枠だけど。
「ティアちゃん、どうかしました? ちゅう子ちゃん、逃げちゃいましたけど……」
「と、透花!? そ、それに……その恰好はっ!?」
視界に飛び込んできたのは、肌蹴たブラウスから覗くピンクの下着。
「そ、それって、ブ、ブラ……」
ブラジャーじゃねーですかッ!
こ、これが本当の天使のブラ――とかボケてる場合じゃない!
あかん。あかんて、それはあかん。刺激が強すぎる。
吹き出そうになる鼻血を押さえて、たまらずそっぽを向く俺。
女子が女子の下着姿見て鼻血噴くとか、マジ有り得ないからな。
どん引きされたくなかったら、堪えろ、堪えるんだ総一郎。
ここが正念場だ!
「……え、えっと……こうゆうの慣れてなくって……。ちゅう子、仲間だから……一緒に着替えようって……」
「仲間……? ああ、ちゅう子ちゃん胸のこと結構気にしてますからね……」
言葉足らずだったが、どうやら伝わったらしい。
さすが透花、頭の回転が速い。
「それはそうと慣れてないですか? ああ、そういえばアメリカの学校って、体育は私服だったり、着替える時も個室を使うって聞いたことが……だからみんなで着替えるのが恥ずかしかったんですね」
まるで小さな子を気づかうように、俺の頭をポンポンする透花お姉ちゃん。
たった今悟った。妹ポジも最高である。
「それじゃ、わたしが壁になりますから、そこの端で着替えましょうか? そうしたら着替えてるところ、皆に見られないで済みますよ」
そう透花に誘導され更衣室の角に移動する。
透花も身体が大きい方ではないが、それ以上に俺が小さいので、俺の身体はすっぽりと透花の後ろに隠れることができた。
確かにこれなら周りの女子を見ることも、見られることもない。
ふう、透花の優しさが身に染みるぜ。相変わらず困っている人を見たら手を差し伸べずにはいられないんだな。
俺は安心してブラウスのボタンに手を掛け――――って、安心できるかぁぁぁぁっ!
悪化してる!
状況が悪化しとるやんけ!
すぐ後ろ、俺の真後ろ、半径1メートル以内で透花が着替えてるんだけど!?
しゅるる、という布の擦れる音が、身じろぎ一つで触れてしまいそうな距離から聞こえてくる。
透花の柔らかい温もりが、背中越しにふわりと伝わって来る。
……。
…………。
き……気になる……。
いや駄目だ、しっかりしろ綾崎総一郎。見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ!
そう念仏のように唱えながら、俺は無心で自分のブラウスのボタンを外していく。
が、そんな俺の頭の中では――。
『ばーか、気にしないで見ちゃえよ。同じ女なんだからさ!』
『駄目に決まってるだろ! 俺は男なんだぞ!』
『この身体のどこが男なんだよ? 第一、もう女として生きていくって決めたじゃねーか』
『そ……それは…………』
『だったらいいじゃねえか。女同士、いつまでも意識する方が失礼なんじゃねえの?』
『い、言われてみると確かに、そうかも……?』
――天使と悪魔が激しい激論を繰り広げていた。
つーか天使劣勢だな。やる気あるのか、おい!
だが確かに悪魔の言う通りかもしれない。
俺だってもう女なんだ。それなのに同性の裸をいちいち意識していたら、それこそ相手に失礼だというのも一理ある。
そう、これはきっと俺の覚悟の問題なのだ。
というわけで。ちょっとだけ、ほんの少しだけだけなら……いいよな? いいよね? みんなも見たいよね?
俺は恐る恐る、後ろを振り返る。
――――すると、透花とメッチャ目が合った。
あ……あれ……? なんか、すっごいガン見されてるんですけど。
いや、気のせいだよね……だって、あの透花が俺の身体をねぶるように凝視するなんて……そんなねえ?
よし、もう一度だけ、もう一度だけ確認してみよう――ちらり。
やっぱり、ガッツリ見られてるんだけど……。
えっと、ナニ? 透花が、俺のことを見てる?
『――百合透花のストライクゾーンが、金髪ロリっ子だからに決まっておるじゃろ?』
唐突にヒコナの言葉が思い出された。
そんなわけないだろうと一蹴したあの言葉。
あれって、まさか……いやいや、そんなことは絶対に在り得ないって。
「ねぇ、ティアちゃん。そわそわしてどうしたんですか? 何か気になることでもあるんですか?」
「ぴゃっ!」
み、耳に……耳に透花の吐息が……。
「うふふ、可愛い声。ねえ、今、こっち見てましたよね? さっきまであんなに恥ずかしがってたのに……いけない子……」
ぴたりと、透花の身体が俺の背中に押し付けられる。
「と……透花……さん? 急に……ど、どうしたのでしょうか……?」
ただならぬ雰囲気を感じた俺は、透花から離れて後ろに下が――――れない! 背後にあるのはロッカーと壁だけ。角に追い込まれて逃げ道がない。
これじゃ、まるで痴漢の手口みたいじゃないか!
「はぁはぁ、ティアちゃんが悪いんだからね……こんなに可愛い天使が、わたしの前に舞い降りるから……お、お姉ちゃん、もう我慢の限界で……」
な、な、なんか変態っぽいーーーーーーー。
透花のいつもの綺麗な瞳が、深い闇でグルグル濁ってるし。麗しの口元からは、じゅるりってよだれが垂れてるし!?
何? 何なの? ていうか、こ、これ誰―――ッ!
「み、みんな見てるから!」
「ふふふ、残念。もうみんな着替えて出て行っちゃいましたよ?」
ひぃぃぃぃぃ。ってことは、もしかして今って、密室で透花と二人きり!?
俺なりに百合については勉強してきた。
女同士、神聖な学び舎であんなことやこんなことってのも夢見たシチュエーションではあった。
けれども! なんか違うんだけど!?
想像してた百合の美しい世界と全然違うんだけどォォォ!?
慌てふためき言葉も出ない俺の胸元に、透花のしなやかな指が伸びる。
「ひうっ!?」
うひゃぁ。くすぐったい!
透花の指技に思わず身体が仰け反る――と、その拍子に、ガツンと俺の後頭部がロッカーにぶつかる。
「――ッ、危ねえっ!」
咄嗟に透花の身体を引き寄せる。
ぶつかった拍子に、ロッカーの上の段ボールが透花目掛けて落ちてきたのだ。
間一髪、透花の数センチ横の床で、鈍い音を響かせてぐしゃりと潰れる段ボール箱。
「あっぶねえ。けど、何とかギリギリ避け――って、バランスが……うおっ!?」
「きゃっ」
透花の身体を抱き寄せたのはいいが、今の俺の小さな身体では透花の重量を支えることができず、そのまま絡み合うように二人して床に倒れ込んでしまう。
「痛つつ……大丈夫か、透花?」
ぶつけた頭をさすりながら目を開けると、そこには一面の花畑が広がっていた。
わお、お花がいっぱい。これはあれか天国か?
もしかして俺は頭を打って死んだのか?
でもこの花畑、柔らかくて暖かいなぁ……って、んなわけあるかぁぁぁぁ!
こ、ここここ、これ、透花のパ、パ、パンツが俺の顔に―――――ッ!!!
「ブハぁぁぁぁぁァァァッ!」
火山が噴火したのかと思うほどの大量の鼻血が噴き出る。生暖かい鉄の匂いが更衣室に充満していく。
――だが、その鼻血の主は俺ではなかった。
俺は自分の下半身に視線を向ける。
そこには、俺のパンツに顔面を押し潰された透花が、幸せそうな顔で自ら作り上げた鼻血の海に沈んでいたのだった。
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