第13話 女の子同士って凄いかも

 ──放課後の教室。


 透花の友人である中紅子あたりこうこ白姫雪しらひめゆきの二人から質問攻めにあっていたその時、


「――あ、二人ともずるい。わたし抜きで、ティベリアさんと楽しそうにお喋りして」


 背後から聞こえたのは甘い女神の声。

 

 瞬間、俺の身体は金縛りにでもあったかのように動かなくなる。

 振り返ってその姿を目にしたいのに、どうしても身体が動かない。


 ちなみに授業中は、透花の脚とか手の先とかを盗み見るだけで精いっぱいだった。

 女になった自分が透花にどう思われるか、ただひたすらに怖くて仕方なかったからだ。

 奇跡的に透花の隣の席になれたというのに、情けなくて自分が嫌になる。


「透花さん。先生の用事は終わったんですか?」

「遅いぞ透花。下僕の身でありながら我を待たせるとは、最近たるんでいるぞ」


 そんな俺の気も知らずに、気安く透花に話かける白姫と紅子。


「うん、用事はすぐに終わったんですけど、梓川先生の話が長くて……」

「ああ、また新婚のろけ話ですか?」

「そんな感じですね。でも、幸せそうに話してる先生を見てると、話を切り上げるのも悪い気がして……」


 そう話しながら、自然と自分の席に座り合流する透花。

 目の前をふわりと流れる、濡羽色ぬればいろの髪に呼吸が止まりそうになる。


「あの高身長爽やかバスケットマンとかいうリア充旦那の話だな。『結婚したら〝梓川あずさ〟になっちゃうから、ちょっと変かなって悩んだんですけど~』とかいう、彼氏のいない女子を全面的に敵に回す、イラッとするアレだな」

「もう、ちゅう子ちゃんたら、そんなこと言ったらダメですよ」


 私怨しえんの混じる紅子の恨み節を、透花がやんわりと注意する。


「でもまぁ、女子だけでなく男子もかなりイラッとしてますけどね。梓川先生、若くて綺麗ですから、男子のファンが沢山いたみたいですし」

「うぬぬ、うちのクラスの男どもは見る目がないのだ! 目の前にこんなセクスィガールがいるというのに……」

「セクシーは谷間が作れるようになってから言いましょうね、ちゅう子ちゃん」


 紅子に見せつけるように、腕で両胸をグッと押し上げる白姫。


「なっ!?」


 そうして出来た挑発的な膨らみに、俺は慌てて視線を逸らす。

 そんな俺とは逆に、紅子は白姫の胸を凝視しながら怒りの声を上げる。


「ぬあ、なんだとー。くうう、白姫雪め。我よりちょっとばかりおっぱいが大きいからっていい気になりおってぇぇぇ」

「ちゅう子ちゃん、全然ちょっとじゃないよ? 圧倒的戦力差ですよ?」

「そんなことは無い! 昔の偉い人は言ったのだ。『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』とな!」


 と、無い胸を張る紅子に、透花が当然の疑問を口にする。


「紅子ちゃん、それどこの偉い人ですか?」

「さぁ、忘れた。多分、昔の総理大臣とかじゃないか?」

「そんなこと言う人は総理大臣になれませんよ!」


 なんて感じでわちゃわちゃと、透花が戻るなり楽しく会話を弾ませる三人。

 本来であれば、俺もこの会話に交ざる努力をするべきなのだろうが……無理。絶対無理。

 だって透花の顔すらまともに見れないのだから。


「――ティベリア……さん?」

「ひゃ、ひゃい!」


 突然の透花の声に、返事が裏返る。


「そんなに驚かなくても……あの、わたしもティアちゃんって呼んで良いですか?」


 顔を上げると、目の前に透花の微笑みがあった。

 もう二度と自分に向けられることは無いと思っていたその微笑みに涙が零れそうになる。


「も、もちろん……好きなように呼んでくれ……ください……」

「ありがとうございます、ティアちゃん。それにしても凄い偶然ですね?」

「……偶然って?」

「名前のことですよ。ティベリア・S・リリィの〝リリィ〟って百合のことじゃないですか? わたしも〝百合〟透花だから、自己紹介で名前聞いたときビックリしちゃって。これって凄い偶然――ううん、運命だと思いませんか?」


 俺の両手をガシッと掴み、息がかかりそうなくらいに顔を近づけてくる透花。


 うわー、うわー、顔近い! 睫毛長い、唇柔らかそう、なんかイイ匂いするし!

 それに運命。運命だって。俺と透花の出会いがデスティニーですってよ!

 はう……全身が多幸感に満たされていく。


「う、うん、そうだね。私も、透花と出会えたのは運命だと思りゅ――」


 ――噛んだ。


「噛んだぞ」「噛みましたね」「噛んじゃいましたね?」


 そんな、みんなで一斉にツッコまなくてもいいじゃないか。


「い、いたい……」


 舌がヒリヒリする。

 ああもう、透花とのファーストコンタクト。大事な大事なガールミーツガールだというのに、こんなのぐだぐだ過ぎる。

 ほろりと、ずっと堪えていた涙が、舌を噛んだ衝撃で頬を伝っていく。

 うあああ、これじゃ舌を噛んだのが痛くて泣いてるみたいじゃないか。

 子供じゃあるまいし。カッコ悪すぎるだろ、俺。


「あ、涙……そんなに痛かったの? 大丈夫ですか?」


 俺の頬を伝う涙を……透花がその美しい指ですくい取った。


「――っ!?」


 な、なななな、なーーーーッ! 

 透花が俺の涙を!? しかもやっぱり顔近い! それにもう一度言うけど、なんかイイ匂いするっ!


「それじゃ、あーんして舌見せて……」

「ふえっ!?」


 透花の指が、そっと俺の唇に触れる。

 そこから生まれた甘い痺れが、瞬時に全身に広がっていく。


「はい、あーん」


 もう一度、囁かれる呪文。

 すると、まるで催眠術にでもかかったように、自然と口が開いてしまう。

 頭がふわふわして、何も考えられない。

 透花の視線が俺の口腔に注がれている。その事実に、身体の奥底がゾクリと震えた。

 それは全身の毛が逆立つような快感。


「大丈夫。少し赤くなってるけど血は出てないみたいです。よかったねティアちゃん」

「…………ありがとう……ございまふ……」


 幸せすぎて倒れそうだ。いきなりこんなイベントってありかよ、信じられない。

 ああ、神様、仏様、ヒコナ様ありがとう。


 女の子同士って……想像以上に凄いかも知れない。



────────────────────


 最後のシーン個人的にすごく気に入っています。

 あ、性癖のカミングアウト黙ってろって感じですよね、すみません。


 あと梓川先生を既婚者にしたのは、NTR妄想枠が欲しかったからです。

(結局、性癖について語っている)


 次回も透花とのイチャイチャ&急展開がありますので、ご期待くださいね。

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