第12話 TSっ娘と新たな友人


 クラスでの自己紹介――というか、伝説的告白(女×女)から数時間後。


「なるほどなー。綾崎と遠い親戚だから、透花のこと知ってたんだな!」

「う、うん。そうなんだ……えっと……」


 すっかり人気ひとけの無くなった放課後の教室で、俺は透花の友人ふたりから早速質問攻めに遭っていた。

 ちなみに透花はクラス委員の仕事で席を外している。


「おお、我の名か? 我は中紅子あたりこうこ。人間と火炎古代竜エンシェントフレイムドラゴンとの間に生まれたドラゴンハーフだ。高貴なのだぞ。敬うがよいぞ。とはいえ、生まれの差を気にすることはない、我のことは気安く紅子様と呼ぶがいい! ふははははは」


 敬ったらいいのか、気にしなくていいのか、どっちなんだよ?


「あ、あはは。紅子ちゃんだね。こ、これからよろしく」


 椅子に座ったまま思い切り身を乗り出して元気に話しかけてくる紅子。

 その勢いに少し気圧されながら、俺は初対面のふりをして挨拶を交わす。


 ──中紅子は透花と仲の良い友人のひとりだ。


 ほんのり赤く染まったツインテールに、小学生を思わせる小さな身体。そして、小さいながらも、その全身から溢れ出る中二病元気っ子オーラが特徴の女子だ。

 透花といつも一緒にいるのは見ていたが、実際にこうして面と向って話したことはほとんどない。

 というか、会話のキャッチボールが全て暴投なので、総一郎の頃はなるべく相手にしないように避けていた人物だった。


「うむ、よろしくだ。だが、紅子ちゃんではない。紅子様だ。もしくは、紅子ちゃん様でもよいぞ」


 ちゃん様って……アジアのムービースターかなんかですかね?


「はいはい、そのくらいにしておきましょうね、ちゅう子ちゃん。ティベリアさんが困ってるじゃないですか」


 前のめりな紅子の頭が、横に立つもう一人の少女の手によってぐいっと押しのけられる。


「ぐえっ。こら、ゆき! 我が話しているというのに邪魔するでないー」

「すみませんうちの子が。育て方間違えてしまって。ほら、痛い子痛い子飛んでけ~」

「誰が飛んでくか! 我、痛い子、違う!」

「はいはいわかってますよ~」


 と、わめき立てる紅子を軽くあしらっているのが、


「あ……えっと、確か白姫しらひめさん……だっけ?」

「はい、白姫雪しらひめゆきです。雪と呼んで下さいな」

「……ああ、雪だね。うん、これからよろしく」


 再び初対面のふりをして挨拶をかわす。

 

 ――彼女の名前は白姫雪。透花の一番の親友と言える人物だ。


 白姫雪だなんてダジャレみたいな名前だが、愛称などではなく正真正銘これが彼女の本名だったりする。

 その名の通り、新雪のように穢れない白い肌の持ち主で、その白い肌を青みがかった長い黒髪がふわりと彩る。

 柔らかく上品な物腰に、凛と咲く花のようにすらりと伸びたシルエット。

 素材だけで言うなら、まさしく完璧なお嬢様――なのだが、実際はイタズラ好きのトラブルメーカーというのが彼女の本質だったりする。

 ちなみに白姫も透花に負けず劣らずの名家の生まれで、透花とは親同士知り合いということもあり、十年来の友人関係らしい。


「それとこの痛い子は紅子こうこではなくて、ちゅう子ちゃんって呼んであげてくださいね」


 チャームポイントの赤いリンゴを模したヘアピンをきらりと輝かせ、白姫は紅子の頭をウリウリと強めに撫でくりまわす。


「こらー、白姫雪! 我はちゅう子ではないと、何度言ったら分かるのだ!」


 ウリウリされながら、両手を振り回しプンプンと怒る紅子。

 ここまでプンプンという擬音が似合う怒り方する人間は他に居ないに違いない。

 ってか、いつも言い争いしてるイメージだったけど、こうやって間近で見ると仲良さそうだなこいつら。

 周りから紅白コンビとか言われてるのも納得である。


「えー、でも可愛いじゃないですか? 中二病の紅子ちゃんだから、略してちゅう子ちゃん。ピッタリな名前だと思いませんか。ね、ティアさん?」

「ああ、うん、そうだね……って、あれ、ティアって?」

「あ、ごめんなさい。気に障りましたか? ティベリアさんだと長いかなと思いまして、それで勝手にティアさんと……」


 白姫が伏し目がちに、こちらの様子を伺う。


「いや全然。ティア、イイね。可愛い♪ 前の学校でもそう呼ばれてたから、うん!」


 もちろん嘘だけどな。前の学校もここだからね。

 自己紹介の時みたいに、ガチガチに考え過ぎると何も話せなくなるので、とりあえず適当に話を合わせておく作戦に変更した。

 もし辻褄が合わなくなったら時差ボケのせいにしよう。そうしよう。


 ちなみに総一郎との関係については、


『遠い親戚で、日本に住んでいた頃に親切にして貰った。アメリカに帰った後も連絡を取り合っていて、現在は綾崎家にホームステイしている』


 ──ということにしておいた。

 細かい設定は後で詰めればいいだろう。困ったときは時差の兄貴が何とかしてくれる。


「なぁなぁティア。何で透花にいきなり好きとか言ったのだ? 透花とは初めて会ったのだろ? 前世か? 前世の記憶が蘇ったのか?」


 興味津々と、赤いツインテールをピョンピョコさせる紅子。


「ほら、ちゅう子ちゃん。あまりぐいぐい迫ったらダメですよ。それにティアさんがどうして透花さんに告白したのかなんて、簡単に想像がつくじゃないですか?」

「そうなのか?」

「え、嘘。そうなの?」


 白姫の言葉に、紅子だけではなく俺まで驚きの声を漏らす。

 想像がつくって何? もしかして、もう俺の正体がバレてるとか言わないよね?


「それはですね……綾崎くんが、ティアさんを洗脳したからですよ」

「「……へ?」」

「綾崎くんは、透花さんのことを、蝶よ花よ、天使よ女神よ、と崇拝してましたからね。そんな彼から透花さんの話を聞かされていれば『透花様が好き、透花様が好き、透花様が好き』と、死んだ目でブツブツ言うようになってしまうのは仕方のないことでしょう?」

「なるほど、ヤバい宗教ってやつなだな!」

「ええ、風に聞く『百合透花・女神教』というやつです」

「宗教じゃないからっ!」


 何だよ『百合透花・女神教』って!? 

 俺って透花の友達からそんな風に思われてたの!? 

 確かに崇拝はしてたし、透花以外の人間とは、少し……いやかなりドライな人付き合いをしてたかもだけれど、まさかヤバい宗教扱いをされていたとは……。

 酷く心外だ。ここはちゃんとフォローしておかなければ総一郎が浮かばれない。


「で、でも総一郎が透花を崇拝していたのも仕方ないと思うな。私は透花に今日初めて会ったけど、本物の透花は聞いていた以上だったよ。綺麗だし、優しいし、勉強も出来るし、総一郎の言う通り、まさしく女神みたいだった!」

「さすが狂信者ですね」

「狂信者はやめて、お願い」


 それはともかく、今日の透花は本当に輝いていた。

 早速クラス委員に選出された透花は、軽やかな話術と柔和な笑顔で瞬く間にクラスをまとめ上げた。

 さらに、西に孤立している生徒がいれば、さりげなく声を掛けてフォローし、東に勉強で困っている生徒がいれば、予備校の有名講師も顔負けの分かりやすい説明を繰り広げる。

 そんな八面六臂の大活躍をしてみせたのだ。


「さっきもクラス中から質問攻めに遭って困っていた私を、角が立たないようにさらりと助けてくれし……透花って本当に女神」


 その眩しさといったら、もうね、あれだね。涙とよだれを堪えるだけで必死だったよ。


「…………あの、白姫さん? これは重傷ね、みたいな目やめてもらえませんかね?」

「あはは、悪気はないんですよ? でも確かに今日の透花さんは、ティアさんにいい所を見せようと普段より特盛つゆだくくらいに頑張ってましたからね……」

「特盛つゆだくって……そんな大袈裟な」


 確かに今日の透花はいつもより気合が入ってたように見えたけど、特盛つゆだくは言い過ぎだろ。

 透花は大体いつもあんな感じで、常に光り輝いてたと思うぞ? 

 ……あと関係ないけど、透花のつゆだくってなんかエロいよね。


「大袈裟ってことはないですよ。透花さんだって普通の人間なんですから。いや……ある意味では普通ではないんですけれど……だって、透花さんって実は――」 


 と、そこまで言いかけた白姫の言葉が、ガラガラと開いた扉の音にかき消される。


「――あ、二人ともずるい。わたし抜きで、ティベリアさんと楽しそうにお喋りして」


 背後から響いたその声は、

 説明するまでもなく、俺の最愛の人――百合透花のものだった。



 ――――――――――――――――――――


 カクヨムランキング、ラブコメ部門、181位まで上がりました。

 本当にありがとうございます。


 次回、ティベリアと透花の初イチャです。

 メインディッシュまでが長くてすみません。

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