第17話 体力測定。セクハラもあるよ。
――ロリのパンツで血の池地獄事件の翌日。
今日は新学期恒例の体力測定だ。
測定するのは、1500m走・50m走・ハンドボール投げ・立ち幅跳び・握力・長座体前屈・上体起こし・反復横跳びの8種目。
そして今、体育館での測定が終わったうちのクラスは、校庭で残りの種目を消化している最中だった。
「ふあぁぁ。それにしても、これはちょっと寝不足だな……」
とある理由で寝不足だった俺は、眠い目をこすりながら
「どうしたのティアちゃん? 眠そうだね?」
心配してくれる透花。その身はもちろん学校指定の体操服に包まれている。
紺色の短パンから覗くもっちりと瑞々しいふともも。額の汗を拭くときにTシャツの裾からちらちらと見え隠れする二の腕。
そしてポニーテール様のおかげで、その存在感を一気に増した柔らかなうなじ。
その健康的かつ暴力的な色香に、視線のやり場に困りながら俺は答える。
「あ、ああ、昨日の夜、ヒコナが観てた……じゃなくて、何となく目についたSPのドラマが面白くって、つい最後まで一気に観ちゃったんだよね」
「あー分かる。ネトフリとかだとつい一気に観ちゃうよね。でも、夜更かしは美容の天敵だから、わたしのために控えてね?」
「ちょ、私のためって……でも私は透花の所有物じゃ――」
「わたしのために控えてね?」
「……は、はい」
笑顔で押し切られてしまった。
言い方はあれだが、透花なりに俺の身体を心配してくれているのかもしれない。
「セクハラはするくせに、変なところで真面目だなぁ」
「ティアちゃん、何か言ったかな?」
「何も言ってないであります!」
危ない危ない。
でも俺だって体調を万全に整えることの大事さは理解しているつもりだ。
ただ昨日のはSPのドラマだったし、俺も言うなれば透花のボディーガードみたいなものじゃん?
参考になるかと思って観てたら、夢中になっちゃったんだよね。
「あ、ハンドボール投げ、次は雪とちゅう子ちゃんの番だよ!」
素直に謝ったのが良かったのか、すぐに話題を変えてくれる透花。
「お、本当だ。なんだかバチバチしてるな」
よく内容は聞こえないが、どちらが遠くまで投げられるか勝負しようとか言ってるみたいだ。
今までの種目を見ている限りでは、白姫とちゅう子は運動が苦手なようだった。
とはいえ、ハンドボール投げは他の種目より経験が物を言う競技だ。
体力が無くともセンスさえあればそれなりの記録が出るものだが……二人はどうだろうか?
――ボスンッ
――ベシンッ
気持ちの良くない音を響かせて、ふたり仲良くボールを足元に叩きつける。
記録は揃って1m。
呆然と立ち尽くす二人の姿に、透花と一緒につい笑ってしまう。
「じゃ、次わたしだから行ってくるね~」
笑顔で手を振って走っていく透花。
そしてボールを受け取ると、無駄の一切ない、綺麗なフォームでボールを投げ放つ。
その動きはルーブル美術館に展示したくなるような美しさで、Tシャツの裾から時折ちらりと覗くわき腹から目が離せない……じゃなくて、透花の記録は俺に次ぐ女子の二番だった。
「さすが透花。この調子なら残り全ての競技も問題は無いな」
なんて、後方彼氏面して心配をしている場合じゃないよな。
そんなことより今問題なのは、
「到底納得いかない俺の不甲斐なさだよな……」
三人より前に済ませたハンドボール投げ。
男の頃と比べると速度も高さも落下地点も何もかもが弱々しかった。
だがそれはハンドボール投げに限った話ではなくて……。
女となった俺は、全ての種目において、以前の記録を遥かに下回る数値を叩き出し続けていたのだった。
「――予想はしていたけど、やはり体力の低下が半端ないな……」
もちろん寝不足のせいなどではない。原因はこの身体だ。
ティベリアの身体は小学生みたいなサイズなのだから、以前とスペックが違うのは当然と言えば当然なんだよな。
身体を動かしてみた感じ、男の頃と比べて運動神経や筋密度に変化はない。むしろ軽量化された分、フットワークは軽くなっている。
だが、圧倒的にパワーが足りない。
筋肉の密度が同じだとしても、その質量が違う。
骨格が違い過ぎる。
更衣室でも、不意を突かれたとはいえ、透花の身体を支えることすらできなかった。
予想していたとはいえ、いざ現実を突き付けられるとかなり厳しいものがある。
「……こんなんじゃ駄目だな。もっと鍛えないと……」
「それ以上、何を鍛えるっていうの、ティアちゃん?」
背後から突然、柔らかな膨らみが俺の後頭部に押し付けられる。同時にシャンプーの果実香が俺の鼻腔をくすぐった。
「と、ととと、透花!? いつの間に――ってか、む、胸! 胸当たってる!」
「ふふふ、当たってるんじゃなくて、当・て・て・る・の・♪」
「んなーっ!?」
すっかり本性を出すようになった透花のセクハラから慌てて逃げようとする俺。だが、その手はなかなか振りほどけない。
学年トップクラスの運動神経をセクハラに悪用するのは止めて欲しい。
「こんなんじゃ駄目って、どこがなのかな? お姉さんビックリしちゃったぞ。ティアちゃんのハンドボール投げ、野球部のエース君より飛んでよね。その小さな身体のどこにそれだけの力が眠ってるのかにゃ? うりうりー」
「ぎゃー、胸を押し付けないでくれぇ。っていうか、そりゃ、身体は小さくなっても、これでも男だし――」
「え、オトコ?」
「あっ! いや、そ、そうじゃなくてっ!?」
ミスったー。透花の胸に気を取られて、つい余計なことを口走ってしまった!
「お、男――そ、そう『身体は小さくても男にも負けないように鍛えてるから』って言ったんですよ?」
「何で急に敬語? なんか怪しい?」
「ぜ、全然アヤシクナイヨ?」
「…………ふーん。ま、いっか。それにしても、男の子にも負けたくないって、ティアちゃん意外と負けず嫌いなんだね。かわいい~」
負けず嫌いのどこが可愛いのかは分からないが、透花は興奮した様子でますます強く胸を押し付けてくる。
うひゃあ、どさくさに紛れて服の中に手を侵入させるんじゃない!
「体育館でも見てたんだからね。ティアちゃんがあらゆる種目で、本格アスリートみたいな記録叩き出してるところ。ああもう、ちっちゃくて可愛くて、それなのに運動神経抜群だなんて尊すぎる! さすがわたしのティアちゃんだよ~♪」
「わ、わたしのティアって!? わぷっ!」
透花の言葉に動揺していると、今度は透花に正面から抱き付かれてしまう。
ぎゃーーーー、胸、胸が、今度は顔に! こ、呼吸できない!
「むぐーーーーーー」
透花のサイズは普通くらいかなのと思っていたが、こうして感じてみると相当なボリュームが……じゃなくって、何を考えているんだよ俺。
ティベリアになってからは透花のセクハラに翻弄されてばかりでいい所が一つもない。
「くっ」
俺は隙を突いて透花の手を逃れる。
本気で抜けようと思えばすぐに抜けられたはずなのに……やはり気が緩んでる証拠だ。
「ティアちゃんったら、何でそんな険しい顔してるのかな? さっきも言ったけれど、ティアちゃんはそれ以上鍛えちゃダメよ。柔らかくてすべすべしてるのがいいんだから」
「そんな殺生な……それじゃ、いざという時に透花を守れないじゃないか……」
「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって。でもだーめ。無駄な筋肉付けたりしたら――」
その艶やかな唇に人差し指をそっと触れて、透花は言った。
「――食べるとき美味しくなくなっちゃうでしょ?」
「た、たべーーーッ!?」
食べる? 食べるって……どういう意味? それって、もしかしてこんな――――。
『――ティアちゃん……』
『と……透花……』
『ふふふ、真っ赤になっちゃって、可愛い……』
『は、恥ずかしい……あまり見ないで……』
『恥ずかしいことなんて無いわ。とても綺麗よ、ティアちゃん……ううん、ティア……』
『うあ……透花……そこは…………』
『……ほぅら、ティアの鱗粉が……わたしの指に――』
「――ダァァァァぁァァァッ!!!」
何を、ナニを妄想しているんだ綾崎総一郎! また流されてる。完全に流されてるよ!
卑猥な妄想を追い出そうと頭を振る。
――と、その時、視界の端で何かが光った。
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