第10話 サイバー犯罪とTSの神様
「な……マジかよ。凄いなこれは……」
並べられた各種証明に目を見張る。
うちの学校の学生証に、在留カード、それにパスポート諸々まである。
「お前、神様じゃなくて、どっかの闇組織のメンバーなんじゃないか?」
「失礼な男じゃのう。まるで偽造品のように言いおって……これは全部本物じゃぞ!」
「
存在しない人間の〝本物の身分証明書〟とか、怖すぎるだろ!
「うはははは。そんなもの妾の神通パワーで、ちょちょいのちょいじゃ!」
何でもアリだな神通パワー。
……神通パワーって何だよ、神通力じゃないのかよ!?
「入国管理局のデータサーバに侵入する程度、妾の手に掛かれば余裕のよっちゃんよ!」
「結局犯罪行為に手を染めてるじゃねえか!」
それ不正アクセスだから。ただのサイバー犯罪だからね!
「別に良いではないか。それに偽造の在留カードなんて、スマホアプリで確認すれば一発で偽物とバレてしまうぞ。そんな不確かな物を神である妾が渡すわけなかろう」
この神様、妙に俗世の犯罪事情に詳しいな。
「まぁ、本物だってなら確かに安心か。それはそうと、これが俺の名前なのか?」
俺は身分証の一つを手に取る。
そこには金色の少女の顔写真(昨日の今日でいつ撮られたんだ?)とともに『ティベリア・S・リリィ』という名が刻まれていた。
「……ティベリア・S・リリィね。意外と普通の名前なんだな。何か意味でもあるのか?」
「もちろんじゃ。〝リリィ〟は日本語に訳すと〝百合〟じゃろ?」
「まぁ……そうだな」
「じゃから、ティベリア・S・リリィを略すと〝TS百合〟になるようになっておるのじゃ!」
と、高らかに宣言するヒコナ。
「って、なっておるのじゃって言われてもな……そのTS百合って、どういう意味なんだよ?」
百合は分かる。女性同士の恋愛を指す隠語だ。
だが、TSという言葉には聞き覚えがない。
「お主、そんなことも知らんのか? 意外と馬鹿なんじゃのう」
――ピキッ。こいつ、今なんて言った?
「ほーう、全国模試で常に上位の俺を馬鹿呼ばわりとは、いい度胸だな神様……」
とはいえ、TSという言葉の意味を俺が知らないのは紛れもない事実。
相手が誰であろうと知らないことは素直に聞くのが俺の信条だ。
なので、ひっじょーーーに不本意ではあるが、ここは素直に神の教えを乞うことにする。
「じゃ、じゃあ、お賢いヒコナ様、馬鹿な俺にひとつご教授を願えますかねぇ……」
「うむ、良い心掛けじゃ。素直なのは美徳じゃぞ。頬がぴくぴくしているのは少々気になるが……まあよい、教えてしんぜよう」
ヒコナは恩着せがましく無い胸を張る。
「TSというのはトランスセクシャルの略なのじゃ」
「トランスセクシュアル?」
「意味はいくつかあるがの、この場合は性転換という意味じゃな。じゃから『TS百合』とは『女体化した男と女の恋愛』という意味なのじゃ。こんなん常識じゃぞ?」
なるほど、常識。常識か……。
「常識じゃねえよッ! 普通知らねーわッ! どこの世界の常識だよ、それ!」
「この世界に決まっとるじゃろ! 最近TSモノは人気あるんじゃぞ!」
「人気ってどういう意味だよ!?」
「『戦国美少女受肉お爺さんと』とか『遊び人の弟子を名乗る遊び人』とかのアニメ化作品もあるし、今度『お父さんはおしまい!』もアニメ化が決まったしの!」
何かに憑りつかれたかのように、一気呵成に捲し立てるヒコナ。
ってか、こいつゴリゴリのアニオタか!? 神様なのに?
「確かに百合ファンから攻撃されやすいジャンルではあるがの」
ヒコナは興が乗ってきたとばかりに嬉々として話を続ける。
「何年か前に、TS百合ラノベが炎上した事件があったじゃろ? あれは表紙とタイトルでTS百合と分からなかったから、間違って買った百合ファンにキレられたんじゃ! 分かるか!?」
「びた一文分かんねえよっ!!!」
こいつ……ティベリアの名前、自分の趣味と変なこだわりから決めやがったな。
「というわけで、お主にはこれから一年間、留学生のティベリアとして生活してもらう」
「どういうわけだよっ!? っていうか、一年間もこの姿で? 本気かよ……」
「本気も本気。大真面目じゃ。それに全てはお主が願ったこと。男たるもの、自分の発言には責任を持たんといかんぞ!」
「……くっ…………」
それは確かにヒコナの言う通りだ。
けど、だからって、まさか本当に女になるなんて想像できる奴がいるかよ。
なのに、いきなり自己責任と言われても、すんなり納得できるわけがない。
「なーにをぶつぶつ言っておる。昨日の勢いはどうした。妾に向かって
ヒコナが馬鹿にしたように、わざとらしく挑発してくる。
「百合透花と結ばれるためならば、出来ることなら何でもやる、差し出せるものなら何だって差し出すのではなかったのか?」
「そ、それは……」
確かに言った。それは間違いなく俺の言葉だ。
――俺が出来ることなら何だってやる。
――俺が差し出せるものなら何だってくれてやる。
――透花のためなら命だって惜しくない。
「それとも、昨日のあの言葉は偽りだったのか?」
「…………」
挑発的なヒコナの瞳。
そんな目で見なくても自分でちゃんと分かってるつーの。
昨日の言葉は、紛れもない俺自身の真実だ。
「そうだ、分かってるんだ……」
だったら、何をためらう必要がある。
女になる? それがどうした。むしろこんな幸運なことがあるか?
もう終わったと思っていた人生に、敗者復活のチャンスが巡って来たんだ。
「実際に女になったら腰が引けたか? お主の百合透花への想いはその程度じゃったのか?」
「――んなわけねえだろ。俺の透花への想いはな、太陽より熱くて、ブラックホールより深いんだよ……」
「太陽より暑苦しくて、ブラックホールより重苦しいの間違いではないのか?」
「うるせー。愛は軽いより重い方がいいに決まってるだろ」
そうだ、そうだよ。
お前の愛はそんなに軽くねえだろ綾崎総一郎!
自分の芯に気合をぶち込む。覚悟を決める。ただそれだけで、死体同然だった身体に再び活気が漲ってくるのが分かった。
ヒコナの挑発さえもそよ風のように心地いい。
「そうだ、そうだよな。綾崎総一郎ともあろう男が何を弱気になってたんだか。ありがとな女神様。こんなチャンスをくれてさ……」
俺は心からヒコナに感謝する。
俺は透花が好きだ。透花のために女になるなら願ったり叶ったりじゃねえか。
生物として最強の進化だろコレ。
「TS百合? 上等だ! 女同士だろうと構いやしない。俺は今度こそ透花と結ばれてみせる!」
いいぜ、やってやろうじゃねえか。
覚悟を決めた俺は、力強く拳を握りしめ高らかに宣言する。
「待ってろよ透花! 絶対にお前とTS百合になってみせるからなっ!」
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