精神的期末テスト

ちびまるフォイ

俺以外みんなまとも

先生がテスト用紙を配り始めたので驚いた。


「あれ。先生、期末テストは昨日で終わったんじゃないですか」


「ああそうだ。これは精神性期末テストだ」


「……なんですかそれ」


「学校でも子供の学力向上だけでなく、

 心も"正しく"育っているかをテストすることにしたんだ」


「どう考えてもみんな普通でしょう。

 頭おかしい奴なんて誰もいませんよ」


「そういうやつが一番危険なんだよ。ほらさっさとテスト始めろ」


テスト用紙が行き渡るとチャイムと同時に鉛筆を走らせた。

通常のテストと同様に赤点を取れば補習というのだから雑にはできない。



Q1.たかし君は兄と一緒に近所へ買物に行きました。

  兄は自分だけお菓子を多く買いました。

  このとき、たかし君はどう思うのが正常でしょうか?



「ええ……? なんだこのどうとでも取れる問題……」


ちゃんと正しい答えを書いたつもりだが、

雲をつかむような問題に対してカチっとハマる答えが書けた自信がない。


精神テストを終えると、通常のテストよりも疲れた。


「手応えのない答えを書くのがこんなにつらいなんて……」



それから数日後。


そんなテストを受けたことなんてすっかり忘れて、

毎日たのしい学生ライフを取り戻そうとしたとき。


先生からの呼び出しで一気に地獄へと引きずり下ろされた。


「せ、先生……なんで俺は呼び出されたんでしょうか」


「赤点だ」


「ひぃぃ! そりゃ確かに数学は悪かったかもしれません! でも……」


「そうじゃない。お前の精神期末テストが赤点だ」


「えっ。嘘でしょう? 俺が?」


「そうだ。だからこれから3ヶ月みっちり補習をするぞ」


「3ヶ月!? 長すぎますよ! 普通のテストなら2週間の補習でしょう!?」


「いいか、心の矯正ってのは時間がかかるんだ。

 お前は自覚がないほど心が歪んでるから正さなくちゃならない」


「人を犯罪者予備軍みたいに言わないでくださいよ!」


「ちゃんと更生させなくちゃ保護者がうるさいんだよ」


「じゃ、じゃあ、補習受けるんで定期的に期末テストをさせてください!

 もしも途中で俺がまともで赤点回避できたら、補習は中断してください」


「……よし、いいだろう」


そんなわけで補習がはじまった。


内容は地獄そのもので質問に対して答えれば答えるほど、


「いいや違う。その考え方はまともじゃない」


と先生に否定されるので心が折れていく。



「先生、俺の考えは認めてくれないんですか」


「一般社会でお前の考え方はおかしいんだ。それは精神が歪んでる証拠だ」


「一般社会って……」


「それにお前以外のみんなは全員赤点じゃなかったんだぞ。

 おかしいのはお前だけだ。それを自覚しろ」


「はい……」


こんな地獄が3ヶ月続けば精神は正されるかもしれないが心が壊れる。

はやく地獄を終えるためにもテストで赤点を回避するしかない。


珍しく必死に勉強をしてテストに臨んだ。

結果が返ってくる。



「赤点だ。補習続行だな」


「えええ!?」



その次のテスト。



「今回も赤点だ」


「そんな……」



その次のテスト。



「赤点どころか0点だ」


「逆にすごくない!?」



必死に勉強すればするほど、点数は遠ざかる一方。

もう何が正しいのかがわからなくなっていく。


「先生、ひとつお願いがあります……」


「なんだ。補習期間の短縮は認めないぞ」


「そうじゃなくて。前回のテストの答えを見せてくれませんか」


「は? そんなこと認めると思ってるのか」


「でもこのままじゃ答えがわからないんですよ。

 自己採点もできないし、何が間違ってて、何が合ってるのか。

 それがわからなくちゃ改善のしようがないじゃないですか」


「どうせ答えを覚えて同じ問題のときに回答できるようにする作戦だろう。そんなことはダメだ」


「自分の答えがどれだけ正しい方向なのか、

 それとも見当違いかを確かめたいだけですよ!」


「それを考えることが人間の正しい精神だ。

 表面だけ正しい人間に見せようとすることは許さん」


あっさりはねつけられてしまった。


精神テストを終えてからも点数だけが公開され、

どういった答えだったのかは教えてもらえない。


なぜ自分が間違っていたのかもわからないまま、次のテストに挑戦する。


これではいくらテストを重ねたところで改善はできない。

地獄の補習はエンドレスで続いてしまう。


「このままじゃダメだ。なんとかしなくちゃ……」



その日の夜、俺は職員室に忍び込んだ。


「こうなったら答えを知るしかない……!」


自分に残された手はこれしかないと思った。

いくら補習を続けても、あいまいな問題と隠された答えにたどり着ける保証はない。


しかしテストである以上、そこには必ず模範解答がある。


それを手に入れることができれば「何が正しいとされるか」がわかる。

大海原を地図とコンパスなしで航海していた日々から解放される。


「ここだ……!」


先生の机にたどり着き、引き出しを開けた。

精神テストの模範解答が入っていた。


暗がりでスマホのライトを付けて、自分の解答用紙と模範解答とを見比べる。


模範解答を盗めば足がつく可能性があるので、それはしない。

答えを知って、どれだけ自分がまともじゃないのかを知るのが目的だ。


「ぜ、ぜんぜん違うじゃないか」


自分の答えと模範解答は大きく離れていた。

模範解答を見ても、なぜその答えになったかわからないのでタチが悪い。


答えを見れば多少は正しさの軸がわかると思ったが甘かった。


そのとき。


模範解答に夢中になりすぎて足音に気づけなかった。



「おい、誰かいるのか」


人の声がした。


「!!」


スマホのライトを消そうとしたら落としてしまった。

その音で気づかれてしまう。


職員室の電気が点灯され、数学の先生が入り口に立っていた。


「お前は1-Bの〇〇じゃないか。こんなところでなにしてるんだ」


「あ……その……」


「お前、その手に持ってるのは……テストの解答じゃないか。まさか!」


「ちがうんです! 俺はカンニングとかじゃなくて……」


「夜の学校に忍び込んでテストの答えを覗くことを正当化できるか!」


数学の先生は俺の解答用紙と模範解答を取り上げた。

こんなことが知られたら、ますます自分はまともじゃないと判を押される……。


「これは……精神テストじゃないか」


「俺はただ自分の答えがどれだけハズしていたのかを知りたかったんです」


「……お前バカだなぁ」


「わかってますよそんなこと……」


「そうじゃない。この模範解答は去年のテストじゃないか。

 この答えと照らし合わせて、何がわかるっていうんだ?」


「え?」


確かに自分は先生が答えをつけていた模範解答を手に入れていた。

でもそれが去年のテストだったのなら……。


そもそも先生は正しくない答えをもとに、俺のテストを採点していた。


「な、なぁんだ。それじゃ俺はまともだったんだ。ああよかった。安心したぁ」


「……? なんで悪事を見つかって安心してるんだお前」


「自分がずっとまともじゃないと思ってたんです。

 でも先生の手違いで間違った採点だとわかったからです」


「……まあどうでもいいが、早く帰れよ。

 職員室に忍び込むことじたいはまともじゃないからな」


「あはは。そ、そうですね……すみません。失礼しますっ」


一礼して職員室を去った。


正しい答えはわからなかったが気持ちは晴れやかだった。

俺がおかしいじゃなくて、先生の採点が違ってただけだった。


それを明日先生に伝えれば、正しい採点をしてくれるだろう。


そうなれば自分は晴れて自由の身だ。



「……あれ?」



そのことを考えたとき、ふと違和感を感じた。




「採点がずっと間違ってたんなら、

 なんで俺以外のみんなも赤点じゃないんだ……?」

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