第168話 3/3
災厄が現れて数十分。訪れた危機をロベリアのおかげで乗り越えた外輪達は、各々が持ち得る力を全て使い、災厄の動きを封じながら詰将棋のようにその影を減らしていった。
災厄の体全体を覆っていた黒い影は、そのほぼ全てがツインディスクへと封印され、残ったのはその顔の半分を覆うだけとなった。
『後はあの影だけだ! なんとか直接封印できないか!?』
ヒガンからウラ秋菜の声が聞こえる。
「俺が行くよ! ツインディスクをくれ!」
『準サン! これを!』
クシアの乗るバルディアが残った腕でツインディスクを投げる。外輪はそれを受け取ると、災厄へと向かって走り出す。
外輪の動きに合わせて、二足歩行機械達の銃撃が止んでいく。外輪を避けるように、しかし決して油断することなく、別角度から災厄へと銃撃を加えて行く。
災厄が攻撃への対応を取ろうとするたびに次の攻撃が加えられる。銃撃に対応すれば重力魔法と真空波が撃ち込まれていく。
いける! これなら……。
外輪がそう考えた矢先。
災厄に取り付けられていた全ての無効化装置が、砂のように崩れ去った。
「なっ!?」
外輪の全身が警告を告げる。脳がフル回転して状況を読み解いていく。災厄は、これを狙っていた。自分達が装置を取り付けて以降、全ての無効化装置を外す為に力を注いでいたのだ。攻撃が効いているように見えたのも、外輪達の攻撃に割く時の力を弱めていた為だった。
「みんな! タイムリープが来る!!」
外輪の叫びも虚しく、災厄を中心に黒い円が放たれる。広範囲のタイムリープ。それが、ついに発動されてしまった。
その規模は凄まじく、白水中学を覆い隠すほどの黒い球体となる。
ロベリアの二足歩行機械達だけでなく、ヒガンやシュウメイ、バルディアまでが球体に包まれる。外輪達全員が球体の中へと包まれてしまう。
タイムリープされてしまう。
みんな消えてしまう。
俺達はこれで終わりなのか?
あと数秒のうちに球体が収縮してしまう。このままじゃみんなも、ロベリア達も誰も救えない。
俺が災厄を救いたいなんて言ったから……。
ダメだ! 諦めるな!
どうしたらいい? 考えろ!
どうしたら……。
外輪が自分へと問いかけ続ける中、遠くから、竜の声が響いた。
「「「小僧!! 貴様、彼ノがみ様と1つになっておるのだろう!? 我らの2000年を超える寿命を持っておるのだ! なんだってできるだろうが!」」」
イアク・ザードの咆哮が響き渡る。それと同時に、外輪の中で竜と戦った時の記憶が蘇る。自分だけが見ていた光景が。
そうだ。俺は今、彼ノがみの力を使える。見ていたじゃないか。何ができるかを。
目を閉じる。自身の中で、ぐちゃぐちゃに混ざった思考の中で、1つの事だけを心に思い浮かべる。
巻き戻す。
この、空間全体を。
それは彼ノがみが竜へと使った力。
外輪達を想ったこの世界の彼ノがみが、3つ首竜へと使った力。
それを、使う。
黒い球体が収縮していく。
人間達を見守る竜の瞳に、その光景が焼き付いていく。
それは災厄のタイムリープが発動したのでは無く……カミと1つになった少年によって周囲の時間が巻き戻っていく光景だった。
災厄の動きが止まる。まるでその光景に見覚えがあるかのように。
災厄から呻き声が漏れる。何かを思い出すようにその頭を押さえて苦しみ出した。
再び動き出した時の中で外輪は加速して一気に災厄へと近づく。しかし、災厄は、外輪から逃げるように後ろへと飛び退いた。
「逃げるなあああああぁぁぁ!!」
全力で追い掛ける。
災厄が拒絶するように周囲の空間を時止めする。
それはもう効かない。俺の中にいる彼ノがみが、どうしたらいいかを教えてくれるから。
彼ノがみの時の力を使って打ち消していく。無理矢理に止められた時の中を歩いていく。
時止めが効かないと悟ると、災厄は外輪の周辺の時間だけを遅くする。
俺は前に進める。みーちゃんが見守ってくれているから。
自分を加速させて、その中を無理矢理進む。暴風の中を進むように1歩ずつ歩を進めていく。自分を拒絶する災厄に向かって、進んでいく。
災厄がタイムリープをさせようと外輪へと手を伸ばす。
そして、外輪を14年前へタイムリープさせる。
猛烈な力で過去へと意識が引かれる。
後ろへと引かれてしまえば、自分は消滅してしまう。
でも、不思議と怖いとは思わなかった。
カノガミが、いるから。
リープの力を放たれた瞬間、外輪が14年後へとタイムリープする。
カノガミと出会った時、1度だけ聞いた未来方向へのタイムリープ。それを使って災厄のタイムリープを打ち消す。
全ての力を打ち消されることに、どれだけ拒絶してもこの少年が自分へと向かって来ることに、災厄が後ずさる。
災厄の瞳を見ると、あの声が頭に響いていく。
オイテカナイデ。
「置いてかれたっていいじゃねぇか!!」
オイテカナイデ。
「置いてった人はお前に生きてて欲しいんだよ!!」
オイテカナイデ。
「だから、もうやめろ!! こんな悲しいことはやめろぉぉぉ!!」
少年の叫びに、災厄が立ち尽くす。それは、放心したようにも思えた。彼の中で封じ込められていた想いが洪水のように押し寄せているような……そんな姿だった。
外輪がゆっくりと災厄へと歩み寄っていく。優しく声をかける。慰めるように、彼の気持ちを労わるように。
「お前の大切な人を助けられるのはお前しかいないだろ。だから、正気に戻れ」
外輪がツインディスクを開く。
その時。
災厄の身に残った影が、怨霊が、外輪へと襲いかかった。
黒い影が槍のように形状を変化させ、少年の胸を突き刺す--。
「部外者は引っ込んでなさい」
「ウチらの男の問題じゃ。黙って見ておれ」
外輪から分離したカノガミとみーちゃんが黒い影の時を巻き戻す。少年の胸を貫こうとした影は、2人のカミによって最後の一撃を防がれていた。
外輪がディスクを翳すと、最後に残った影がツインディスクへと吸い込まれていく。
影を全て吸い込んだディスクをを閉じていく。
「アンタ達思念も、いつか大切な人の所へ還すから。もう、休んでくれ」
全ての影を失った災厄は、糸の切れた人形のように地面へと倒れ込んだ。
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