第161話 あるカミの記憶7

 魂だけとなり、存在すら危うくなった私は、カミに救いを求める者の所へ飛ばされ続けた。


 私が時のカミだったからなのか……時代も場所も関係なく、ただ、カミの名を呼ぶ者の所へ。カミを求める人々の意思が、私の魂をかろうじて形作った。


 私を呼ぶのは、そのほとんどがカミに助けを求め死にゆく者達。私は時に彼らを助け、時に何もできず死にゆく様を見守った。


 何百……いや、何千年という時を、死にゆく人々と接しながら過ごした。


 どれだけ準に会いたいと願っても、会えることは無い。私は孤独になってしまった。これは、私への罰なのか。封印の孤独だけでは足りなかったのか。


 チヨと共に生きた時代、チヨの大切な人々を犠牲にしたことへの……。


 チヨとの別れの時は……人を愛するという感情を知らなかった。



 でも今は……。



 会いたい……。



 会いたい。



 準に会いたいという想いが私を蝕み、しかしその一心だけで、この悠久とも言える時を堪えることができた。



 そんなある時。



 私は……かつて封印されていた祠に飛ばされた。



◇◇◇



ーーここは? 私がいた祠?



 鏡も、そのままだ。私が封印されていた時のまま。の祠か。


 そういえば。私も1度だけカミに救いを求めたことがあった。封印の孤独に耐えかねて、一度だけ。



 しかし、私は体と心を分けられた身。力もほとんど残っていない。今更にしてやれることなど無い。


 なぜ、私はここにいるのか。



 ……。



 体を分ける?



 そうだ。私達が出会っていないのならば、この時代の準は、まだ思念達に飲み込まれていない。



 もし、目の前にいる過去の私を、2つのカミに分けることができれば、世界は分岐するだろう……2人のカミがいる世界。準が助かる世界を作れるやもしれぬ。



 ……。



--彼ノがみよ。私は未来のソナタである。封印の抜け出し方を教えてやろう。


 今の私に力は無くとも、過去の彼ノがみであれば体を分けることなど造作も無い。


--体を分けるのだ。さすればソナタはこの封印より抜け出すことができるであろう。



 ……。



 大きな地鳴りがする。鏡にが入る音も。


 上手くいった。過去の私が体を分けた。



 力を感じる。別れた2つの体がそれぞれ別のカミへと形を成していく。後は、無理矢理分かたれた体を安定させねばならぬ。私が手を加え、本来私が持っていた性質を分けよう。しかし、同時に過去の私が抱いていた負の側面も分け与えねばならぬ。


 それを分け与えることで、この世界にどんな影響があるのか、力を失った私では想像もつかぬが……極力この2つの存在を個として安定させるようにしなければ。


 幼さと恨みを同じ器に入れてはならぬ。きっと恐ろしい事態となってしまうから。



 1人には、私の幼さと孤独を。



 1人には私の成熟した面と恨みを。



 まだだ。これだけでは安定せぬ。チヨとの記憶も……分けねば。


 記憶に力も付随する。成熟した者でなければ誤った力の使い方をしてしまう。無邪気さ故の悲劇が起きる。で、あれば選択肢は1つしか無い。恨みと同じ器に入れるのは……不安だが。



 1人には楽しき記憶のカケラを。



 残りはもう1人に。



--……よし。なんとか、安定した。




 これで世界は、分岐する。新たに生まれた2人のカミによってであろう。


 私と準の思い出は消えてなくなる。



 準との、思い出が……。



 ……。



 だが、それであの人を救える可能性があるのであれば……私は喜んで差し出そう。



 2人のカミよ。我が娘達よ。その名だけは私に付けさせておくれ。せめて、思い出の名残だけでも……残させて欲しい。



 ソナタ達の名は。



 ……。



 1つしか、思い浮かばぬ。



 愛する人が初めて私を呼んでくれた名前。たとえそれが誤りであっても、私にとってかけがえのない名前。



--ソナタ達は、カノガミかのがみ



 どうか……。



--ふふ。急に思い出した。もはや記憶の断片しか残らぬ我が身だが、その事は覚えておる。出会った頃、準はマンガの話ばかりしておった。



 そうだ、できれば準の言っていたラブコメのような世界になってくれればいいな。なんというマンガだったか、毎日が慌しく楽しく続いていくような優しき世界……。



 どうか、どうか。娘達よ。



 この世界を優しき世界に。




 準に、あのような辛い思いをさせないように……準があのような存在とならなくても良い世界を。



 どうか--。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る