第130.5話

 外輪準は家に帰ると大きくため息をついた。


「あぁ〜今日は疲れたぜ……」


 薄暗くなった部屋でスイッチを探し、電気を付ける。明かりのおかげで部屋の中は一気に温もりを取り戻した気がした。


「こんなに疲れた取材は初めてじゃの」


「全くだよ。なんだか色々見てはいけないものも見てしまった気がするし」


 外輪はカバンを自分の部屋に置くと、シャツの袖をまくった。白いシャツから日焼けした腕が覗く。それが夏休み前より少し太くなった気がして、カノガミの胸はドキリと脈打った。


「今日は簡単な物でもいいか? 冷蔵庫に確か……」


 外輪は台所へと向かい、冷蔵庫を覗く。ふと背中に感触を感じて顔を向けると、カノガミがピタリと体を寄せて来ていた。


 肩に置かれたカノガミの顔。そこから感じる吐息が耳に当たり、顔が熱くなる。しかし、彼女に悟られないよう努めて冷静を装った。


「なんだよ?」


「の、のう? 今日アヤツから初めてくちづけした時の話されたじゃろ?」


「あ、あぁ……そうだな」


「したいな〜と思うんじゃけど……」


「え? マジ?」


 カノガミが外輪の腰にそれとなく手を添える。肩から覗く彼女の顔……唇は、顔を寄せればすぐに届く位置にあった。しかし、外輪は思う。彼女と向き合ってしたい、と。自分の感性はまだまだ幼いなと笑みが溢れそうになった。


 自分の中にある恥ずかしさ、そして高揚感が入り混じるのを感じながら、彼はカノガミへと向き直る。真っ直ぐ彼女の瞳を見据えると、その顔は普段の姿からは想像も付かないほど、艶やかな表情をしていた。


「ま、マジじゃ。ほら……最近あんまりいいこと無かったし、ウチの厄除けということで……」


「そっか……そうだよな」


 外輪は、近頃の彼女の不運について想いを巡らせる。すると、不思議と彼女に対する愛しさが込み上げて来た。


 外輪はカノガミの瞳から目を逸らすことができない。胸の高鳴りを抑えながら、その頭をフル回転させる。このままだと流れでそういう感じになってしまう……。ここは家だ。誰の邪魔も入らない。唇を重ねると歯止めが効かなくなる。でも、それも自然なことなのかもしれない。だって、俺達は想い合っている同士なのだから。外輪はその時の手順を何周も自分の頭の中で繰り返した。



 そして、2人は思う。同じことを。



 そうか。ついに自分達も一線を……。



「……」

「……」



「ジノ! じゃろ!!」

「ジノちゃん! だろ!!」



 なんだ。気付いてたの? 残念。



「残念。じゃねえええぇぇぇ!? 俺の内心勝手に決めやがって!! 一線越えるか!」


 中々ロマンチックだったでしょ?


「ジノちゃんがノリノリだったことだけは分かるよ……」


「いつから覗いておったのじゃ!?」



 部屋に帰ってきた時から。



「ぐはぁっ!? う、ウチらのプライベートが……」



 気付かれちゃったし、流石に帰るとするかな。



 バイバイ。



 ……。



「声がしなくなった? 行ったようじゃな……」


「いや、まだいるかもしれねぇぞ」



 ……。



「流石に行ったじゃろ」


「はぁ……焦ったぁ〜」



「ジュ、ジュン? 続きを……」


「わ、わあってるよ……」



 外輪はカノガミの頬にそっと手を添え、その唇を……。



「ジノ!!」

「ジノちゃん!!」



  ち。バレたか。

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