第126話 8/8

 あやまちてはすなわあらたむるにはばかることなかれ。


 拙者が人として生きた時代。勉学の為あれほど繰り返した言葉が、このような形で頭に浮かぶとはな。


 。拙者の過ちを正す為に。



 ……。



 湿気漂う暗い部屋の中には大量のメス猫達。そして、レオと奴の下卑た声が響いていた。


「にしても、お前の力があれば猫のハーレムなんて余裕で作れるだろ? どうして俺に声をかけたんだ?」


「プギるんは猫なんかに興味無いプギ! プギるんは人間の女の子でハーレムを作りたいプギ〜。その為にはもっと力がいるプギ。この前酷い目に遭ったから」



「では、無理でござるな。貴様はここで終いでござる」



「な、何者プギ!?」


「何者でもない。ただのでござる。貴様を殺しに来ただけの」


「な、何言ってるプギ?」


 奴が逃げられないよう扉を塞いだ。


「分からないなら言ってやる。貴様は今ここで死ぬ。拙者が殺す。絶対にだ。命乞いしても助けない。逃がさない。貴様の死は決まっている。貴様の命は、ここで終わる」



「ほ、本気で言ってるプギ?」



「戯言だと思うならそのまま死ね」



「プギるんを殺してもお前には何の得も無いプギ!」



「それは貴様が決めることではない」



「そ、そうだ! レオの代わりにお前をモテモテにしてやっても……」



「問答無用」



「こ、コイツ……イカれてるプギっ!? レオ! プギるんは降りるプギ! 後は自分で……」


 ヒトキリ丸を構える。奴が動くより速く、懐へと飛ぶ。殿。ただの小悪党なのだ。一切の苦しみを与えず、の世に送ってやるのが武士の情けだろう。


「プギ!?」


「死ね」


 ヒトキリ丸の一閃と共に、奴の首が吹き飛ぶ。空中を漂うその表情は、自分の身に何が起きたのか、理解できないという顔だった。


 小さな首が地面に落ちると、その亡骸は光となって消えた。


 それと同時にメス猫達が正気に戻っていく。


「あれ? ココ……なんでコイツのこと好きだったのかにゃん?」


「皆自分の居場所へ帰るでござる。拙者とレオを2人にして欲しい」


「……あれぇ? アンタそんな猫だったかにゃん?」


「早く」


「わ、分かったにゃん……」



 メス猫達が外へと出ていく。



「え!? おい! みんなどこへ行くんだよ!」


 奴の加護を失ったレオは、どのメスからも相手にされなくなっていた。



「レオ」


「ひ……っ!」


 この哀れなオス猫は、己の欲望に従ったまで。それに、は命まで奪われたのだ。罪はなかろう。



「こ、殺さないで」



 拙者は……。



「案ずるな。そのような事はしない」



 ダメだな。まだ弱すぎる。



「た、助か……」



 このオス猫の欲望の為に涙を見せた者がいるのだ。



「泣いて詫びを入れるまで痛め付けるだけだ。猫の身であるお前が泣けるかは知らぬがな」



 それを許せるほど強くない。



◇◇◇



「いきなりあなたがなんて言うからビックリしたわよ」


「みー殿。詳細は話した通りでござる。拙者はみー殿にリープさせて頂いた身。のみー殿にも知っておいて頂きたいが……」


「分かってるわ。秋菜には言わない。どちらにも」


「かたじけない」



 もう、あれから何日か経ったのか。



 拙者の脳裏にはまだ鮮明に残っている。酷く怯えた秋菜殿の姿が。


 可哀想に。強いお方とはいえ、13歳の少女には余りに酷な出来事だった。


 拙者のやったことでそれはのだろうか?


 ……分からない。頭の悪い拙者には。


 木陰から残暑残る校庭へと視線を送る。学校の始まった白水中学では沢山の生徒達が登校していた。


 ある者は気怠げに、ある者は楽しそうに新たな生活に胸を膨らませて。


 その中には秋菜殿もいた。夏樹殿や準殿、小宮殿と一緒に楽しそうに登校している。


「今日はウラ秋菜が登校してるみたいね」


「ああ。性懲りも無く夏樹殿にアプローチしてるでござる」


「猫田は良かったの? 秋菜と一緒に過ごした記憶まで忘れさせちゃって」


 まめ太の記憶……秋菜殿と過ごした数日間は拙者の中で生涯忘れることは無いだろう。あれほど心休まる瞬間は今までの人生の中で1度も無かったのだから。


 だが、それは拙者の胸の中だけに閉まっておこう。拙者の中のまめ太と一緒に。


「トラウマだけ忘れさせるなんて、そんな都合の良いことは無いでござる。良い。これで良い」


「ふふ。カッコつけるじゃない」


「つけてなどおらんよ」


 ウラの秋菜殿は顔を真っ赤にさせて何かを言っている。


 ……。


 目付きの悪い秋菜ちゃんの凛とした姿も、時折見せてくれるその不器用な優しさも、綺麗な瞳の秋菜ちゃんの可憐な姿、溢れる出る優しさも、僕は……どちらも大好きだ。


 だけど僕は……拙者は……。



「拙者は猫でござる。今回それがよく分かった。慕う相手とどうにかなるよりも、その相手が笑って過ごせる方がずっと良い」


 そう。秋菜殿だけでは無く、夏樹殿、情報部の面々に武士研のみんな。みんな明るく、優しく、健やかに育って欲しい。



 だが、彼らの世界はとても脆く、儚い。外の悪意に晒されればあっという間に壊れてしまう。


 ほんの少し間違えれば、彼らの生きる道は、悍ましい物語へと引き摺り込まれてしまう。



 それは何と悲しい……。



 いや。




 そうなりそうな時は拙者が手を汚せば良い。それで彼らの世界を守れるのであれば。



 ……秋菜殿が笑えるのであれば。



 拙者は喜んで手を汚そう。それが拙者の役目。



 この白水の子らを、秋菜殿をお守りする。




 その為に命を奪う事があったとしても。




 たとえ己が堕獄しようとも。




 それで良い。





 そう思うだけで、拙者は初めて……何者かになれた気がした。











◇◇◇

















--また、迎えが来た。



--私は……次はどこに飛ばされるのだろう?




--あの黒猫は……。




--大切な人を助けられたのだろうか。



 ……。



--助けられたのであろうな。きっと。




--ソナタとの出会い……思い出す。あの人と初めて会った時のことを。ソナタは良く似ていた。




--だから。後少しだけ、手を貸してやろう。ほんの少しだけ……。





--忘れるのも、忘れられるのも……悲しいから。

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