第123話 5/8

 秋菜ちゃんとお散歩をして、僕が住んでいた所を紹介して回った。よくご飯を貰っていたおばあちゃんの家、猫が良く集まった原っぱ。


 あと、僕のお気に入りだった神社。裏側が広場になっていて楽しい場所なんだ。


「ここでね、よく他の猫達と遊んでたんだ!」


 久しぶりにやって来たけど、この神社、全然変わってないなぁ。人がいなくてガラガラなのもそのまんまだ。


「ふふ。仲が良い子がいたんですね」


「うん。その子、引っ越して会えなくなっちゃったんだけどね」


 ずっと微笑みながら僕の話を聞いてくれていた秋菜ちゃんだったけど、一瞬だけ寂しそうな顔をした。


「猫田さんはあなたの時の記憶はあったのでしょうか……」


「え? 秋菜ちゃん今なんて言ったの?」


「いいえ。なんでもありません」


 秋菜ちゃんが言葉を小さく呟くと、目付きが段々悪くなっていく。


「まめ太。お前はどうしたい? 以前の自分に戻りたいなら私達は元に戻る方法を探す。でも、今のままがいいなら……猫田に戻すのは私のワガママだから。ごめんな」


「そんなに謝らないで。よく分からないけど、僕は秋菜ちゃんと一緒にいたいよ」


「困る返答だな……」


「だって僕秋菜ちゃんのこと大好きだもん。どっちも優しいし」


「わ、私は優しくなんて」


 目付きの悪い秋菜ちゃんが顔を真っ赤にする。


 あ、この顔見たことある。やっぱりあの贈り物をくれたのって秋菜ちゃんだったんだ。




 嬉しいな。




 その時、僕のヒゲにピリピリとした感覚が伝わった。




 なんだか嫌な音がする。ハチが僕の耳元を飛んだ時みたいな不快な音。



 なんだ? 何の音? これ……。



 辺りを見回すけど何もいない。


 おかしいな。でも、段々近づいて来る気がする。


 急に、目の前を何かが通り過ぎた。物凄い風で僕は吹き飛ばされてしまった。



「秋菜ちゃぁん。迎えに来たよ〜」



 辺りに歪な声が反響する。



 顔を払って前を見ると、僕より……いや、人間よりずっと大きいがいた。


 ハエのような顔なのに、人間みたいに2本の脚で立っている。鎧のような皮膚に覆われて、腕も4つある……人間よりずっと大きい化け物。


 そいつの2本の腕が、秋菜ちゃんをしっかりと掴んでいた。


「あ、秋菜ちゃ……」


 声をかけようとしたけど、上手く声が出ない。


「誰だお前……!?」


 手の中で秋菜ちゃんが苦しそうにもがく。けど、そいつの力が強すぎて逃れることができないようだった。


「なんだ。覚えてないのか?」


 大きなハエのような顔が秋菜ちゃんの顔を覗き込む。


「プギィィィイィィ!! これで分かるかな?」


「お、お前……あの時の、部室の」


「そうそう。愛らしいは俺の幼虫の姿なんだ。今が本当の姿だよ。カッコいいだろ? 猫達の記憶を食いまくってやっと成虫になったんだ」


「愛らしい……? 気持ち悪いの間違いじゃないのか?」


 秋菜ちゃんが悪態をつく。でも、それは強がりだって分かった。秋菜ちゃんの体は震えてるから……。


「口悪いなぁ〜。これから俺の妻になるんだからそんなこと言っちゃダメだよ?」


「誰が……お前なんかの……」


「大丈夫。ちゃんと記憶を書き換えてあげるから俺のこと大好きになっちゃうよ? あ、でもたまには元に戻してあげる。自分が何をされたかを知って泣き叫ぶのも見たいからねぇ〜プギギギギッ」


 ぼ、僕が助けないと……。


 でも、そう思うだけで、僕の体はブルブル震えて言うことを聞かない。


 化け物が、身動きの取れない秋菜ちゃんの匂いを嗅いだ。


「ん? お前……ウラの方か。ウラはどうでもいい。早く清楚な方の秋菜ちゃんを出せ。記憶を植え付けるからさ。俺の妻だって」


「い、嫌だ……死んでも変わるか!!」



「えぇ? 本当に死んじゃうよ?」



 虫が秋菜ちゃんを握る手に力を入れる。ゴキゴキと嫌な音が立って秋菜ちゃんがうめき声を上げた。


「あ"……うぅぅ……」


「どう? 変わる気になった?」


「い、いや……だ……」


「めんどくさいなぁ。じゃあお前ごと書き換えようかな。後で可愛い方に変わってもらえばいいや」


 虫がもう1つの手で秋菜ちゃんの顔を掴む。


「俺の目を見ろ」


 虫の顔が近づいていく。大きな目を秋菜ちゃんに向ける。虫の目にチカチカと怪しい光が灯り出す。


「や、やめろ!!」


「ん?」


 虫が僕の方を見る。その瞬間、震えがより一層強くなる。


「プギギ。俺のこと見ただけで震えてやがる。気持ちいい〜」


 虫が秋菜ちゃんに視線を戻す。


「死ねクソムシ!」


 秋菜ちゃんが虫の顔にツバを吐きかけた。


「……プギ」


 虫は、目を光らせるのをやめて手に力を入れ始めた。


「がっ……あ、あ……」


「決めたぁ。お前、巣に連れてってあげるよ」


「う……ぐ……」


「消して下さいって懇願するまで酷い目に合わせてやる。そしたらウラのお前だけ消してやろっかなぁ。いらないんだよお前」


「や、やめ、て……」


 ブルブル震える脚で前に出ようとするけど上手く動けない。 


「まめ太! 来るな!!」


 秋菜ちゃんが僕のことを心配してる。自分の方が危ないのに……。


「ん〜? イマイチ実感無いのかな」


 虫がまた力を入れる。


「ぐぅぅ……!?」


「具体的に教えてやる」


 虫が秋菜ちゃんに何かを耳打ちする。すると、秋菜ちゃんの顔がみるみる青ざめていった。


「楽しそうだろ? プギギ」


「い、嫌……」


「お、やっと反応良くなって来たプギ! 早速帰って遊ぶプギ〜」



 虫がその大きな羽を開く。



 僕の動かない体を他所に、虫は飛び去ってしまった。

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