第122話 4/8

 僕が秋菜ちゃんの家に来て何日経ったんだろう。2日? 3日? 全然分からないや。


 秋菜ちゃんは不思議な子だった。目付きが良かったり悪かったり、コロコロ変わる。その度に話し方も違う。まるで違う人がいるみたい。でも、どっちの時でも僕に優しかった。


 目付きの悪い秋菜ちゃんは僕のことを沢山抱きしめてくれる。膝の上に乗せて撫でてくれる。綺麗な瞳の秋菜ちゃんは僕にいっぱいお話してくれた。秋菜ちゃんのお兄さんのこと、友達のこと。いっぱい。


 なんだか、僕は秋菜ちゃんのことが好きになっていた。僕はずっとノラだったから優しくしてくれる人はいなかったし、ご飯をくれていたおばあちゃんも死んじゃったし。だから僕に優しくしてくれる人は大好きだ。


 ……。


 あれ?


 なぜだか、ずっと前から僕は1人だった気がする。誰からも優しくしてもらえなかった気がする。変だなぁ。僕って、生まれてから1年ちょっとしか経ってないはずなんだけど。


 僕って何か忘れてるのかな?



 ……。



 思い出せない。


 

 あ、でも1つだけうっすら覚えてる。



 すごく嬉しかったこと。



 初めて贈り物を貰ったんだ。小さな袋を2つ。僕でも分かるようにニッコリ笑った猫の顔と、怒ってる猫の顔が刺繍された袋が2つ。



 誰から貰ったんだっけ?



 ……秋菜ちゃんは僕のこと知ってるみたいだった。秋菜ちゃんがくれたんだったら嬉しいな。


「ねぇ秋菜ちゃん。お外に行こうよ。僕、この家の中だけだとつまらないよ」


「あ、ごめんなさいまめ太さん。まめ太さんノラだったのですもんね。ここだけじゃダメですよね」


「うん。僕の元いた場所の近くに行きたいな。秋菜ちゃんに見せてあげたいんだ。僕の好きな場所」


「ふふ。私も見てみたいです。まめ太さんの過ごしてた場所」


 秋菜ちゃんが上品に笑う。


 いいなぁ。僕は秋菜ちゃんが笑ってる顔、好きだな。目付きの悪い秋菜ちゃんも、笑うとすごく可愛いんだ。照れたような、恥ずかしそうなあの笑顔。見てるだけでドキドキするよ。


「少しだけ待って貰えますか? この宿題だけやってしまいたいので」


「ん〜分かったよ〜」


 待たなきゃいけないのかぁ。まだ時間かかりそうだし、寝てようかな。



◇◇◇



 ……。



「父上。今日の試合、いかがだったでしょうか? 猫田家に恥じぬ闘いをお見せできたかと思います」


「十兵衛」


「はい!」


「兄に恥をかかせるな」


「……え?」


「お前が目立てば、兄に良からぬ噂が立てられるであろう」


「ですが、いえ、申し訳ございませんでした……」



 ……。



「十兵衛。次男のお前は我が家の家督を継ぐことはできぬ。己の道は己の力で開くが良い」


「分かりました。父上」



「今日からは私の事は親と思うな」



「は、はい」




 ……。


「やりました父上! 穴川家に仕えることになりました!」


「ん、そうか」


「父上……?」



 ……。



「何故だ!? 拙者が仕える前にお取り潰しになるなど……穴川家の者は何をやっておったのだ!!」


「十兵衛」


「ち、父上……もう少し待って下さい。新しい奉公先を……」


「我が家も厳しい。家臣達も養わねばならん。穀潰しを置いておく訳にはいかんのだ」


「……分かりました」



 ……。



「見送りはおらんのか?」


「申し訳ございません十兵衛様。皆様お見送りすることを禁じられております。情が移らぬようにと……」


「そうか。お主も達者でな」


「はい。お気をつけて」



 ……。



「何故だ!? あんな者より拙者の方が強いはずだ! なぜ拙者は仕えることが許されぬのだ!!」



「……」



「……剣の道を極める他ない、か。拙者にはそれしかござらん」



 ……。



「は、はははは……か、雷に打たれて死ぬなど、とんだ笑い話だな……間抜けな拙者にはお似合いか」



「……」



「何も成せなかった。何者にもなれなかった……拙者は何の為に……何の為に……この世に生を受けたのだ……」



「……」



「赤い……光? 迎えか……次に生まれた時は……何者かに……なりた……」



 ……。



 なんだこの夢? 嫌な夢だな。早く起きたいな。うぅ……でも夢だって分かっていても目が覚めないよ。



 あれ? でも……嫌な夢だけ……じゃない?


 赤い光を見てからは……良いこともあったのかな?

 

 

……。



「なぜ真剣を持つ拙者に決闘など挑んだのでござるか? 下手をすれば命を落としていたかもしれないのに」


「それが私の役割だから……違うか。この町の人間が傷つくのが嫌だったのかもな」


「他の者を守る為にお主のような女子おなごが命を賭す必要も無いでござろう」


「万が一」


「ん?」


「お前が相手を斬り殺したら……その相手に弟や妹がいたらどうする? そいつらの面倒見れるのか? 恨まれたら? 相手と死合ってそこで終わりじゃないだろ」


「……」



「私は……誰かが兄や姉を失うのは嫌だ」



「……お主はその歳で何者になっているのかもしれぬな」





 ……。



「ほら」


「これはなんでござる? 袋が2つ。拙者の使っていた袋に似ているでござる」


「お前、強くなりたいんだろ? だったら自分の体をもっと労われよ。死んだらそれ以上強くなれないぞ」


「贈り物でござるか?」


「ば、バカかお前!? 私はただ、白水を守る為にお前は役に立つと思っただけだ!!」


「随分可愛い刺繍でござるな」


「うるさい! 猫のお前にも分かりやすいようにしてやっただけだ!!」


 女の子が顔を真っ赤にして怒ってる。よく顔を見てみたいけど、ぼんやりしていて分からない。でも、この声って……。



 ……。



「まめ太さん。まめ太さん」


 優しい声で目が覚めた。目を開けると秋菜ちゃんの顔がすぐ近くにあった。


「もう終わったの?」


「はい。お外に行きましょうか」


「うん」


 秋菜ちゃんは僕を抱えて外に連れ出してくれた。

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