第121話 3/8

 ずっと歩き回ったけど、結局僕の住んでた所には戻れなかった。空も白んで来てお腹も空いた。


 途方に暮れていると、なんだか見慣れた建物が目に入った。門の先に大きな砂場があって、その奥には大きな建物。なんだろう? ここを知ってる気がする。


 でも、お腹が空きすぎて動けない。あそこに日陰があるから少し休もう。



 日陰は涼しいな。まだ朝なのに、日が当たる所は凄く暑い。



 ……。



「猫田?」


 寝ていると、すごく聞き覚えのある声がした。目を開けてみると、そこには目付きの悪いお姉ちゃんが立っていて、僕のことを見下ろしていた。


「頼んでいた件はどうなった? あのモンスターは見つけたか?」


 なんだかよく分からないことを言って来る。怖いな。僕をいじめたりしないよね?


「な、何? 僕に何か用?」


「お、おい……どうしたんだその口調は?」


 あれ? そう言えば僕……このお姉ちゃんの言葉が分かる。なんでだろ。


「僕はここで休んでるだけだよ。何も盗んだりしてないから放っておいて」


 何もおかしな事は言ってないはずなのに、お姉ちゃんの顔が歪んだ。


「……自分が誰か分かるか?」


「何言ってるの? 僕は……」


 そこまで言って言葉に詰まる。僕ってなんて名前だっけ?


 そうだ。


 いつも外から窓を爪でカリカリするとご飯をくれるおばあちゃんがいたっけ。その人が僕のこと「まめ太」って呼んでた。それが僕の名前だよね。


「僕はまめ太だよ」


「……あ、赤い光を見た時のことは覚えてるか?」


 赤い光? なんだっけ……あ、でも知ってるかも。


「なんとなく……ご飯を食べて空を見上げたら……うぅ」


 思い出そうとすると頭が痛い。


「そうか。お前、転生前の……」


「テンセイ? テンセイって何?」


「……」


 お姉ちゃんは何も言わず、僕を抱き上げた。


「何するんだよ! 下ろして下ろして!!」


「暴れるな。大丈夫だから」


 僕を抱き上げた手は、落ち着かせるように僕の頭を撫でる。


「いじめない?」


「そんなことするか」


 ぶっきらぼうな言い方だけど、その瞳は僕のことを心配してくれてる気がする。この子のこと信じても良いのかも。


 僕はお姉ちゃんに抱えられたまま、どこかへと連れて行かれた。



◇◇◇


 しばらくの間車に乗せられて、お姉ちゃんの部屋に連れてこられた。初めて車に乗った……気持ち悪い……。


「クソ。どうすればいい。今日からお兄様達は勉強合宿で別荘に行ってるし……」


 お姉ちゃんはなんだか1人ごとを言っていた。


「猫田」


「まめ太だよ?」


「あ、すまん……まめ太。お前、昨日どこで何をしていた?」


「えっと……昨日は、気が付いたらよく分からない場所にいて、怖かったんだ。だから見覚えのある方に向かって歩いて、お姉ちゃんと会った建物に入ったよ」


「他に何か覚えていないか?」


「他に……?」


 思い出そうとすると頭が痛くなるから嫌なんだけどなぁ。


 う〜ん。


 必死に昨日のことを思い返していると、1つだけを覚えていることに気がついた。


「あ。そういえば『プギ〜』って声を聞いた気がする」


「な……っ!?」


 お姉ちゃんが目を見開いた。


「私のせい、か。私がよく調べもせず頼んだから……いや、せめて部室でのことを伝えておけば……なんで私は……いつもなら……」


 お姉ちゃんは、椅子に座ると何かを呟いてた。その背中がなんだか悲しそうだったから、僕は体をくっつけた。昔、仲が良かった家猫に聞いたんだ。人が落ち込んでる時は体をくっつけてあげるといいって。


 お姉ちゃんは僕を見ると、少しだけ目付きが緩んだ気がした。


 そして、僕に「おいで」と声をかけてきた。一瞬迷ったけど、お姉ちゃんの膝に飛び乗った。


「ごめんな……」


「なんで謝るの? 悲しそうな顔しないでよ」


 お姉ちゃんは何も答えず僕の頭を撫でる。ずっとノラをやってると人に触られることが無いから不思議な感じ。


「お姉ちゃんの名前は?」


「え?」


「僕の名前だけ聞くなんてズルいよ」


「それは、すまなかったな。私の名前は秋菜だよ」


 秋菜……秋菜ちゃんか。目付きは悪いけど優しい子なのかも。


 秋菜ちゃんの手が僕の頭から背中に回る。背中の棒切れが邪魔だけど、気持ちいいや。


「秋菜ちゃん」


「なんだ?」


「なんだか聞いたことがある気がするなぁ。秋菜ちゃんは僕のこと知ってたの?」


「……」


 秋菜ちゃんは何も言わずに僕の背中を撫で続けた。

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