第120話 2/8
トンネルの中はジメジメとした湿気に満たされていた。拙者のヒゲもハリを失ってしまっている。
前方ではココがふらふらと先を歩いている。白猫だからか暗い中ではやたらと目立つでござるな。
ココから離れ過ぎないように一定の距離を保って進んで行くと、突然ココが視界から消えた。
慌ててココが消えた場所まで走って行くと、工事作業者が出入りする通路へと続く扉があった。それも開け放たれた状態で。
2本足で立ち上がり、ヒトキリ丸を腰へと回す。警戒しながら扉の奥を覗くと、薄緑に塗られた通路は
ゆっくりと2本足で進んで行き、手前の扉から順に中を覗いていく。そして、最奥にあった扉を覗くと、そこには大量のメス猫を侍らせた1匹のオス猫がいた。
アレがレオ……でござるか。とてもボス猫には見えない貧相な体格だな。
扉から中に入り、天井の換気ダクトへと飛び乗る。そこを伝ってレオの頭上まで進むと先ほどのココが何かを話していた。
「レオ様〜! ココですにゃん。レオ様に会いに来たにゃん」
「おぉ。ココよ。俺の近くまで来ておくれ」
ココがレオへと近づいていく。そして、レオに触れようとしたその時、レオの後ろから何かが現れた。
「記憶を書き換えるプギ〜」
それはハエと言うにはデカすぎる気持ちの悪い謎生物だった。その瞳が怪しく数回輝き、ココに向かって光を放つ。それは、以前見たことのあるカメラのフラッシュ? という物によく似ていた。
光を浴びたココがゴロゴロと鳴き、レオへとすり寄る。それを見てレオは満足そうに唸った。
「フハハ。お前のおかげで俺はモテまくりだぜ」
「プギ〜。プギるんは記憶のエキスパートプギ! 書き換え、消去、上書き、退行なんでもお任せプギ。ところでレオ。約束は忘れて無いプギね?」
「あぁ。あと5匹で100匹揃う。そしたらコイツらの記憶食っていいぜ」
「プギ〜」
謎の生き物が羽を使って飛び回る。記憶を食う? 何を言っている。
「ま、用済みになったら仕留めててやるけどな」
「何か言ったプギ?」
「いや。それにしても、お前の力があれば猫のハーレムなんて余裕で作れるだろ? どうして俺に声をかけたんだ?」
「プギるんは猫なんかに興味無いプギ! プギるんは人間の女の子でハーレムを作りたいプギ〜。その為にはもっと力がいるプギ。この前酷い目に遭ったから」
「まぁいいけどよ。俺はお前のおかげで底辺猫から一気にボス猫へ昇格だぜ!」
「プギ〜レオがボス猫だってメス猫達の記憶を書き換える。その噂を流させてまた別の猫を誘い込む。これの繰り返しだから楽プギね〜」
猫隠しは全て彼奴らの仕業であったか。だが、あのプギるんとかいう謎の生物。一体何をするつもりでござるか?
「あ〜早く力をつけて記念すべき1人目の妻! 秋菜ちゃんをお迎えしたいプギ〜。力さえ増せば人間に直接プギるんの妻だっていう記憶り植え付けられるプギ〜」
な……っ!? 記憶を書き換えて秋菜殿を妻に、だと!?
……許さん。
懐から猫袋を取り出して匂いを嗅いだ。
全身に力がみなぎる。彼奴への殺意が溢れ出す。ここでは足場が悪い。着地と同時に真空波で仕留めてやる。
刀を構えたまま換気ダクトから飛び降りる。レオが拙者の気配に気付いたようで大声を上げた。
「おい!? オス猫がいるぞ!?」
「プギ!?」
もう遅い!
「食らえぇ!!」
着地と同時に抜刀し、全力で真空波を放つ。
真空波が謎生物に向かって真っ直ぐに放たれる。
「プギィィィイィィ!?」
そのまま謎生物の首を吹き飛ば……。
さなかった。
謎生物の首元まで迫っていた真空波は、その刃を維持できず、霧のように掻き消えた。
「しまっ……」
拙者は馬鹿だ。狭い空間は真空波の弱点だと知っていながら、つい熱くなって……。
「プギ〜馬鹿なヤツプギィィィイィ」
謎生物の瞳が光る。
い、意識が……っ!? ち、力が……。
全身の力が抜け、倒れ込んでしまう。冷たい地面から離れることができない。
「おい、コイツどうする?」
「ちょっと記憶を覗いて見るプギ。上手く使えばレオの噂をもっと……ん? コイツ……」
「なんだよ?」
「プギギ。馬鹿猫にいい仕返しを思いついたプギ」
クソ……体に重りが付いたようだ……起き上がらないと……。
「プギるんの目を見せるプギ」
レオが拙者の体を持ち上げた。朦朧とする意識の中でハエの瞳がチカチカと明滅するのが見える。
「プギギ。怯えながら生きるプギ〜」
そして。
瞬い光を最後に、拙者の意識は無くなった。
◇◇◇
……。
あれ?
僕は何をしてたんだろう?
確か眩しい……眩しい何かを見て……うぅ頭が痛い。
この背中の棒切れも邪魔だなぁ。歩きにくくてしょうがないや。
……。
ダメだ。どれだけ体を振るっても取れない。
周りを見回しても、ここがどこか分からない。
うぅ……怖いよぉ。僕が住んでた所はどこ?
あっちかな? チカチカする光が沢山あるから誰かいるよね? 行ってみよう。
どうか、僕が元いた所に帰れますように。
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