拙者は猫でござる。なのじゃ!

第119話 1/8

 拙者は猫でござる。名前は猫田十兵衛。


 こうやって自己紹介をすると必ず白水中の生徒達にはクスクス笑われるでござる。聞いて回ったところ、何やらそういった始まり方をする読み物があるとかないとか。


 いやはや、猫になってしまった拙者にとっては迷惑千万でござる。何故自己紹介をしただけで笑われねばいかんのでござるか。


「ウニャア〜十兵衛のアニキ。何をそんなにぼうっとしてるんだい?」


 全身灰色をした猫……が伸びをしながら言った。


「なぜか拙者の自己紹介をすると笑われるのでござる」


「それって相手は人間だよな? オイラ人間の言葉は全く分からないから羨ましいぜ。オイラなんて子猫の頃メスだと間違われてたからな」


 メルの家に立ち寄った時のこと。メルの主人が話していたのを聞いてしまった。彼がまだ幼い頃、あまりに美形であったのでついつい可愛らしい女子おなごの名前を付けてしまったという。メルが女子の名とは……拙者からすればどれもこれも南蛮の名前で区別がつかぬ。


「ところでアニキがオイラの所にやって来るなんて珍しいじゃないか。何かあったの?」


 拙者は猫の姿形をしていようとも心は人間、武士でござる。だからこそ、自分から猫の友人を作ることはしなかったのでござるが、近頃猫界隈で起きているという不穏な噂を耳にした。もしかしたら、それは追っている「奴」の仕業やもしれぬ。


「白水中に来た猫のおきなから聞いたのでござるが、何やら不可解なことが起きている様子。何が起きているのか教えて欲しいでござる」


「ああ。猫隠しのことかな」


「猫隠し?」


「そうなんだ。最近メス猫ばかりが忽然と姿を消すんだよなぁ。オイラの隣猫のきなこ姉さんも2日ぐらい前に消えちゃった」


「最後にきなこを見たのはどこでござるか?」


「うーん。確か、川沿いのトンネルだったはず。あんな所に何の用があるんだろ? って思ったし」


「トンネルか……あまり狭い所には行きたく無いが仕方あるまい」


「猫のくせに狭い所が嫌いなの? 変わってるねぇ」


 変わっているというか獲物の問題なのでござるが……。


 拙者の愛刀ヒトキリ丸は真空波を撃つことができる。だが、狭い空間だとどうにも上手く真空の刃を形成することができない。だから極力狭い所は避けて来たのでござるが……。


「まぁ良い。ありがとうでござる」


「気を付けるんだよ〜」



 ……。



 メルの家を出て信号で立ち止まる。拙者も初めて見た時は面食らった物だが、法則を覚えればなんてことはない。この光によって通行を管理している。が渡って良い。赤が止まれ、だ。これを間違えると大変だ。あっという間に車の餌食となるでござる。


 信号を待っていると、拙者の隣にいた2人の女子高生達がヒソヒソと話し合っていた。


「「可愛い〜♡ ちゃんと信号待ってる〜!!」」


 女子高生が拙者の首筋をカリカリしたり頭を撫でたりする。


 こ、こんなもので拙者は動揺しないでござる……。



 ……。



 拙者は……。



 ……。



「うにゃあああん♡ 首筋をカリカリするのはやめるでござるううぅぅ!!」


「「ひぃっ!? ね、猫が喋った!?」」


 2人の女子おなごは怯えた表情でその場から立ち去った。


 なんと失礼な子らでござるか。いきなり触って来たのはお主達でござろう……。


 拙者は何とも言えない悲しみを胸に先を急いだ。



 ……。



 数日前。ウラ秋菜殿から白水町の見回りをお願いされた。レイラ殿の世界から来た魔物が何かをやらかしたらしい。詳細を聞いたのだが、ウラ秋菜殿は屈辱の表情を浮かべるばかりで教えてくれることはなかった。拙者に頼んだのは念の為、とのこと。


 お慕いするウラ秋菜殿、ひいてはその身を共有するもう1人の秋菜殿を傷付けた輩を生かしておくことはできぬ。必ず彼奴の首を取り、かの姫君の無念を晴らすでござる。


 そして拙者は今、その魔物を探している。



◇◇◇


 メルから聞いたトンネルへと到着すると、ちょうど1匹の白猫がそのトンネルへと入ろうとしていた。


「お主、この先に何用でござるか?」


「にゃにゃ? この奥に住むレオ様に求婚されたんだにゃん!」


 白猫はまるで夢見る少女のようにウットリした表情で言葉を続けた。年齢は……猫で言う所の1歳に満たないように見える。まだ少し幼さが残るような雰囲気だ。


「レオ様は近隣を統べる猫のボスにゃん! そんなお方に求婚されるなんて……は幸せ者だにゃ〜」


「ココとやら。近頃猫隠しというのが起きているのは知っているでござるか? メス猫ばかりが失踪する事件でござる。そして、その被害猫がここに入って行く所を見た者がいる。この先に行くのはやめておいた方が良い」


「レオ様はそんなことしないにゃん!」


「い、いやだから……それ自体が罠の可能性が……」


「ふ〜ん! どうせ自分がメス達に相手にされないからやっかんでるだけにゃん! ダッサイ刀背負ってコスプレまでして時代劇の真似事かにゃん!」


「こ、コスプレ……」


 そのまま、ココはトンネルの中へと消えてしまった。


 はぁ。これだから獣は嫌でござる。

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