芦屋生まれのAさん。なのじゃ!

第107話 1/2

 この前、白水町で有名な空家あきやに行ったんですよ。武士道研究会の部長、直江武文なおえたけふみとして、怖がりじゃないことをみんなに示したかったんです。


 きっかけは部員のみんなの怖い話を聞いていたことでした。お恥ずかしながら、僕はその時かなり怯えてしまって……みんなにも顧問の先生にも笑われてしまったんです。


 それで、みんなに啖呵を切ってしまった訳です。「ウワサの空家に行って真実を突き止めてやる!」と……。


 みんなの静止を振り切って部室を飛び出しました。


 空家に到着すると、そこは異様な空気に包まれていました。なんと言えばいいのか……ずっと誰かに見られているような、そんな感覚があったんです。


 僕は勇気を出してドアノブを掴みました。そして、勢いよくドアを引くと、案外すんなりとドアは開きました。


 玄関に入ると、その家は、壁という壁、ドアというドア、天井にまで……あらゆる物に謎の呪文が書かれたお札がびっしりと貼られていました。それが夕焼けの差し込む中、視界に飛び込んで来た訳です。


 僕は怖くなりました。このままこの家に入って無事に帰れるのか……と。いや、むしろ既に呪われているかもしれない。


 でも、ここで逃げたらダメだと自分へ言い聞かせ、勇気を出して家の中に一歩踏み出しました。


 すると……。


 家の2階から声が聞こえて来るんです。少年の声が。それも、誰かと言い争ってるような声が聞こえるんです。


 僕は思いました。これは……この土地に囚われた姉弟の霊ではないかと。


 空家にはウワサがあると話しましたよね? 近頃その話をしている人をよく見かけたので、覚えていました。


 昔、その土地に住んでいた少年と姉が火事で亡くなった。そこに新しい家が立つと、2人の霊はそこに住む人々を呪い殺して空家にしてしまうそうなんです。


 僕は、その声の正体を確かめることにしました。それを突き止めてしまえば、みんなを見返すことができると考えたんです。


 廊下をゆっくり進み、階段を登りました。階段は、登るたびにギシギシと嫌な音を立てました。すると、不思議なことが起きたんです。


 2階の部屋から聞こえてきた声が止み、変わりに子供部屋の中からドタドタという何かが暴れている音がしたんです。


 この時、僕は……恐怖よりもむしろ好奇心の方が勝っていたと思います。完全にどうかしていました。僕は、吸い込まれるように「子供部屋」と書かれた扉を開けました。


 子供部屋の中も、やはりお札がビッシリと貼ってありました。そして、一際多くのお札が貼ってあるのが、でした。


 僕はゆっくりと押入れに近づき、ふすまを開けようとしました。


 すると突然。


 襖が開き、暗闇の中からが伸びてきました。そして、僕の腕を掴むと、押入れの中へ引き摺り込もうとしたんです。


 僕はもう必死になって逃げようとしました。身を捩って、廊下の方へ行こうともがきました。しかし、今度はが僕に巻き付き、押入れの中へと引き摺り込もうとするのです。


 僕はもう、大声で助けを求めました。その家には僕しかいないハズなのに、そんなことを考える余裕すら無くなっていました。



 その時です。



 突然目の前にが飛び込んで来ました。


 女の子は僕の様子を見ると目を見開いて、唇を噛み締めました。



 そして……。



 その子が「破ぁ!!」と叫びました。突き出された手のひらが眩く光ったのを覚えています。


 すると、僕を掴んでいた手も、髪も、全てが掻き消えるように消滅しました。




 女の子は僕の手を取ると「早く逃げましょう」と言い、そのまま、家から連れ出してくれました。


 2人で走って走って、息が切れそうになるまで走って……空家からかなり離れた公園まで逃げました。呼吸を整えていると、その女の子がゆっくり振り返りました。


 大きな瞳に、うっすらと浮かべられた上品な微笑み。背中まで伸びたサラサラの髪。


 僕はその女の子に見覚えがありました。その子は、隣のクラスの芦屋あしやさんという女の子でした。


 彼女は真剣な顔付きになると、独り言を言っていました。「なぜ、あの空家に霊が……? あそこには何もいないハズなのに」と言っていたと思います。僕にはどういう意味か分かりませんでした。



 でも、僕はその内容よりも……。



 夕陽に照らされた彼女の姿に釘付けになってしまいました。



 彼女は「次からは無闇に危険な場所に行ってはダメですよ」と優しく僕に注意してくれました。



 芦屋生まれってすごい。僕は色んな意味でそう思いました。

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