第105話 3/4

 夜にはあの家に戻って、2階で寝ることになった。分かってはいたけど、月明かり以外何もない真っ黒な夜だ。横になっても中々寝付けない。


 隣では師匠が丸くなって寝ていた。最初の頃は一緒に寝ることに緊張してたけど、今ではすっかり慣れてしまったな。


 師匠、すごいな。こんな所でも寝れるんだもんな……。


 師匠の端正な顔立ちを見ていると、昼間のことを思い出した。



 師匠のことをどう思っているか……か。



 今までのことを思い返してみる。出会った頃は無茶苦茶なことばかりやらせてくるし、鬼みたいな人だと思った。



 でも、きっとそうじゃない。



 外輪君と戦った時、心が折れそうな僕を励ましてくれたり、みーちゃん達の話だとボロボロになりながらイアク・ザードから僕達を逃そうとしてくれたり、優しい人なんだ。


 師匠は前の世界で捨て駒だったって言ってた。その時、師匠はどんな思いで生きていたんだろう? 考えるだけで胸が苦しくなる。



 僕は……。

 


 師匠が元の世界に帰りたくないと言った時、嬉しかったんだ。この世界にいてくれるんだって。



 嬉しい?



 ああ……なんだ。昼間言うべきことはこうだったんだ。



 もし、修行が終わっても師匠と一緒にいたいって。



 そう、伝えれば良かったんだな。



 そうすれば、師匠にあんな顔させなかったのに。



 明日、ちゃんと伝えよう。




 ……。




 ふと横を見ると、寝ていたはずの師匠が起き上がっていた。


「師匠? どうしたんですか?」


「……」


 何も答えない。


 師匠は、起き上がってそのまま階段を降りて行こうとする。


「ちょ、ちょっと!? どこ行くんですか!?」



「……」



「し……」


 声をかけようとした途端、物凄い力で床へ押し潰される。


「うあ……っ!?」



 じゅ、重力魔法……!?



 なんとか床を這いずって階段まで行くと、師匠が玄関にいるのが見えた。


 階段を降りようとしたが、重力魔法のせいで上手くバランスを取れず、階段から転がり落ちてしまう。



 全身に痛みが駆け巡る。痛みに耐えきれず、うめき声が漏れた。



 師匠は……どこだ?



 辺りを見回すと、開いたままの玄関から師匠がどこかへ歩いて行くのが見えた。


 師匠の様子がおかしい。昼間も変だったけど、重力魔法まで使って来るなんて……。


 そ、そうだ。


 昼間教えて貰った要領で力の流れを捉えれば師匠の様子がおかしい理由が分かるかも。


 辺りの力の流れを捉えようと意識を集中させる。



 すると……。



 師匠の後ろにぼんやりと力の塊のような物が見えた。よほどの力なのか、色まで捉えることができる。



 白い……何か。



 分からないけど、嫌な感覚がする。


 ソイツが師匠の周囲をユラユラと漂い、どこかへ誘っているように見える。



 師匠が、誘われるように村の中を歩いて行く。



 必死になって追いかけた。だけど、徐々に離されていく。



 焦る心とは裏腹に全く追いつけない。



 そして。



 師匠が暗い森の中へ入って行く。



 ダメだ。



 ダメだ、あそこは……。



 師匠の進む先に禍々しい力が渦巻いているのを感じる。



 追いつかないと。すごく嫌な予感がする……。



 師匠の入っていった森の中を進むと、開けた場所に出た。



 そして、そこで目に入ったのは……。



 大量のだった物。



 木に首を括って死んだ人々の亡骸だった。



 周囲の木に、首吊り自殺した人々がぶら下がっていた。真新しい物から白骨化した物まで。



 その空間の中央で、化け物が師匠を呼んでいた。


 物凄い力の集合体。今度は姿形まで視認できる。木々の間をすり抜ける月の光で、ハッキリと化け物の姿が見えた。


 真っ白いモヤのような下半身に長い腕、胴体からは毛皮のように大量の人間の手が伸びていた。そして、その顔は、丸い球体に人の眼球だけが、2つ付いている。瞬きのしないその瞳で師匠のことをじっと見つめている。


 グロテスクな見た目なのに、どこか現実感が無い。まるでテレビの向こうにでもいるかのような存在。


 一目見ただけで分かった。アイツは殺せるような類のものじゃない。



「師匠!! 行かないで下さい!!」



 声をかけると、師匠がゆっくりと振り返る。それは、生気の無い顔をしていた。


 師匠が口を開く。



「サビシイ。イッショニイタイ」



 師匠の声だけど、師匠の言葉じゃない。あの化け物の言葉だ。コイツは……人に付け込んで、操って、自分の元へと引き摺り込んでるのか?


 師匠の孤独に付け込んで、周りの人達と同じように……。



「師匠! 僕は師匠にいて欲しいです! そんな化け物の所に行かないで!」



 その言葉に反応して、化け物がこちらを見る。


 瞬きのしない眼球が僕の目を覗き込む。それと目が合った瞬間、頭の中に声が響く。



 サビシイ。イッショニイタイ。

 


 こ、この声……? 化け物の声か!?


 甲高いような、合成音のような、不快な声が頭の中に響く。


 サビシイ。イッショニイタイ。


 気を抜くと意識を、引っ張られそうになる。


「あ、ああ……」


 サビシイ。イッショニイタイ。


 全身の力が抜けていく。体がだるい。体が重い。


 サビシイ。イッショニイタイ。


 頭がおかしくなりそうだ。コイツと一緒にいたら、連れていかれる。


 サビシイ。イッショニイタイ。


 師匠が何か言ってたはずだ! 何か! コイツをなんとかできそうなことを。考えろ! 思い出せ!


 サビシイ。イッショニイタイ。



 嘘のように重い腕を振り上げる。



 サビシイ。イッショニイタイ。

 


 自分の頬を全力で殴る。



 サビシイ。イッショニイタイ。



 止まれ!! 今だけでいいから!! 



 サビシイ。イッショニイタイ。



 自分の顔を殴る。



 サビシイ。イッショニイタイ。



 止まれっ!!



 サビシイ。イッショニイタイ。

 また腕が重くなっていく。両腕がダラリとぶら下がり、指1本動かせない。

 サビシイ。イッショニイタイ。

 頭に、アイツの声が、溢れて来る。

 サビシイ。イッショニイタイ。

 ダメだ……このままじゃ……。

 サビシイ。イッショニイタイ。

 なんとかしないと……。

 サビシイ。イッショニイタイ。

 左手の小指に

 サビシイ。イッショニイタイ。

「はぁっ……はぁっ……はぁ……」

 サビシイ。イッショニイタイ。

 サビ……。

 スプーン曲げのように、


「う"あ"っ!!!」


 小指から変な音が鳴る。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いああああ!!!」


 鋭い痛みが左腕を駆け巡る。


 痛い痛い痛い……。



 でも。



 痛みに気を取られてアイツの声が止んだ。頭が回る。



 今しかない。



 師匠が言っていたことを思い出せ。


 

 化け物……殺せそうにない……死なない……。



 ……。


 

 死なない……昼間、師匠が言っていた。師匠の世界で、東方だとに有効な技があるって。



 ……そうだ。



 バカみたいなことを思い付いた。

 


 水の力じゃ、アイツを消すことはできないかもしれないけど……。



 だったらいけるかもしれない。



 右手の人差し指と中指を額に当て、力を貯める。



 魔法の修行で力の流れは掴めている。それを、超能力……師匠の言う生命エネルギーに置き換えるだけだ。



 エネルギーが集まり、指先が光を放つ。



 一瞬。



 なぜか……昔、調理実習室で外輪君が放った言葉が頭をよぎった。



「え? 魔貫○殺砲……ですよね? ピッ○ロの……」



 ……。



 酷いな。



 僕なりに一生懸命考えたんだぞ。それがマンガの技と丸かぶりなんて、酷い話だな。



 でも、僕の幼稚な考えでも……。


 この時の為だったなら最高だ。


 これで師匠が助けられるなら……。



 外輪君へ使った時とは比べ物にならない量のエネルギーが集約する。



 化け物へ真っ直ぐ指を向けた。



 再び化け物と目が合う。


 サビシイ。イッショニイタイ。


 返せ。


 サビシイ。イッショニイタイ。



 師匠はお前の物じゃない。



 サビシイ。イッショニイタイ。



「返せえええええええぇぇぇ!!」



 自分の指先から光を放つ。



 光が暗闇を駆け抜ける。



 それは、化け物に直撃し、その体に風穴を開けた。



 化け物は一瞬、驚いたように自分の体を確認したが、僕の方に一度だけ目を向けるとそのまま暗闇の中へと溶け込むように消えていった。



 辺りが静寂に包まれる。



 師匠に駆け寄って倒れそうな彼女を抱き止めた。


「師匠! 師匠!」


「う……あ……わ、私は……?」


「だ、大丈夫ですか? 寂しいですか?」


「は? 何を言っているのデスか? お前は」


 師匠は訳がわからないといった顔だった。


「良かった……」


「お前!? その左手……!?」


「ちょっとバカなことをしてしまって……そんなことより、すぐここから出ましょう」




◇◇◇



「それはカミのなり損ない……かもしれないわ」


 あの後、2日かけて白水へと引き返し、ウラ秋菜とみーちゃんの所へ相談に行った。


「アレがみーちゃんと同じカミだって? あの村にいた人達は? 誰もいなかったけど……大丈夫なのか」


「恐らくだが、既に、そのなり損ないとやらに連れて行かれた後だった……と考えるのが自然だ」


 ウラ秋菜が芦屋あしや家の蔵書を読みながら教えてくれた。


「目的は……先輩の話だと、自分のへ引き込むことだろう」


「それって……何の為にするのデスか?」


「先輩達が見たという自殺者達。その怨念がそうさせたのか、それとも寂しさからその自殺者達を引き込んだのか……確かめようが無い。いずれにせよ、生者を引き込み続ける恐ろしい存在だな」


「私達のような意思疎通の取れるカミと違って、本能だけで動くのが恐ろしいわね」


で師匠を連れて行かれたらたまりませんよ」


「ソイツはと言ったけど、殺すことはできないわ。まだ存在しているはず」


「分かってます。僕達は運が良かっただけだと……思います」


「こう言ったらアレだが、出会ったのが抵抗できる先輩達でまだ良かった。普通の人間だったら……その家にあったという大量の荷物の持ち主達もきっと……」


「私をまた、呼んだりするのデショウか?」


 師匠が僕の左手を撫でた。


「可能性はあるわね。蝶野君。あなたの寿命を縮めてしまうことになるけど、そのなり損ないに出会う前日までリープしておくことをオススメするわ。その状態まで巻き戻しておけば、再発する可能性も消せると思う」


「……分かったよ。僕の寿命3日分で師匠が救えるなら」


「弟子……」


「師匠は「時間魔法の加護」でタイムリープを無効化してしまうかもしれませんから。僕に任せて」


 師匠が泣きそうな顔で僕を見つめた。



 それにしても……。



 外輪君って聞く話だと結構使ってるよなタイムリープ。毎回寿命縮めてるよな? どこかネジがぶっ飛んでるなぁ。


「そうだ先輩。リープ先の私に今回の件を伝えておいてくれ。白水町の人間が無闇にそこに行かないよう気を付ける」


「分かったよ」



「それじゃあ、リープさせるわね。ごめんね。蝶野君」



 みーちゃんが謝りながら僕に手をかざす。



 意識が飛ぶ瞬間、師匠に手を握られた気がした。

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