第104話 2/4
民家の近くに綺麗な小川があって、そこで夕方まで修行することになった。
「それでは初めるのデス」
師匠に教わった通り、人差し指に意識を集中する。
指先にチリチリとした感覚が灯る。超能力を使う時の感覚に近い。指先に球体を作るイメージを思い描く。
すると、目の前に小さな水の粒が現れた。さらに集中していく。
「今までは既にある水を操作していマシタが、今のお前は周囲から水分を集めているのデス。それを自在に操ることができれば、水の無い荒野でも、砂漠でも、水の力を扱えるデショウ」
集中力が上がっていくに連れて、水の粒が徐々に大きくなる。やがてそれはビー玉程の大きさになった。
「では、次にこれを全て切断してみるのデス」
師匠が重力魔法で複数の石を浮かせた。魔法で浮遊した石は、不規則な動きで僕の周囲を動き回る。
目を閉じて、力の流れを肌で感じる。すると、先程まで不規則だと思っていた動きに一定のリズムがある事に気づく。僕の周りを飛ぶ石からヒュンヒュンと音が鳴る。
「そうデス。感覚で、肌で、耳で、力の流れを捉えるのデス。流れを捉えることができれば、通常では見えない物も見えるようになりマス」
目を閉じたまま右手を伸ばす。
この動きだと、全ての石が1列に並ぶ瞬間があるはず。
右手の指先から力を解放する。指先の水球から極細の水のレーザーが射出される。
このサイズの水球だと全ての水を使い終わるまで3秒。
1、2、3……。
今だっ!!
タイミングを合わせて右腕を払う。
辺りに乾いた音が響いた。
ゆっくり目を開くと。目の前には半分に割れた小石達が転がっていた。
「やった! 上手くいきましたよ!」
「甘いデス」
師匠の声と共に上から小石が降って来た。
「いてっ!?」
降って来た小石が頭に当たる。
「タイミングが遅いから1つ弾き飛ばされてしまいマシタね」
「はぁ……そんなに上手くいかないか」
「でも、筋は良いと思いマスよ。近いうちに習得できるデショウ」
師匠がペットボトルに入ったジュースを投げてくる。それを力を使って僕の手元まで引き寄せた。
「その力、お前が超能力と呼ぶその力は魔法に酷似してイマス。そのおかげで順調なのデスね」
確かに、魔法の修行を積むほど、僕の超能力も強くなった。そのおかげで大量のペットボトルも操作できるようになったし……。
「これって何の力を操ってるんですか? 何も無い所からエネルギー波みたいなのを撃ったこともありますし」
「物体を浮かせるのは重力魔法に近いことをしてイマスね。エネルギー波は……生命エネルギーを放出しているのかもしれマセン。私の世界でも東方で似たような技があると聞いたことがありマス。アンデッドに強い技だと」
生命エネルギー? アンデッド? 何それ怖いな……。
「どうしマシタか?」
「い、いえ。でも超能力のおかげで魔法が使えるようになったのなら、師匠と僕が出会ったのは偶然じゃないかもしれないですね」
「……」
師匠が顔を伏せた。
「お前は……この修行が終わった後どうするのデスか?」
「修行が終わる? それって師匠からもう学ぶことが無くなるってことですか?」
師匠が無言で頷く。真剣なその顔に適当なことを言ってはいけない気がした。
「う、うーん。修行が終わった後、ですか……」
そんなこと思ったことも無かったな……。師匠と一緒にいるのが当たり前になってたからなぁ。
「答えたくないなら、いいデス……」
答えに詰まっていると、師匠は寂しそうな顔をした。
しまった。
思ったままでいいからすぐに答えれば良かった。
師匠は大きな岩の上であぐらを組むと、流れる川に目を向けた。
「なんだか……どうしていいか分からないデス。こんな風に思ったことは初めてなので」
まただ。
また……元気が無い感じがする。
師匠、イアク・ザードを倒した辺りから、明らかに変だ。
「もしかして、自分の世界に帰りたくなりました?」
それならすぐにみーちゃん達に相談しないと。捕まえたイアク・ザードなら転移できるって言ってたよな。
「それは無いデス。あんな世界、帰りたくないデス」
「……それは変わらないんですね」
「ただ、今まで生きるのに精一杯デシタから。降りかかる脅威も無くなって、自分が死ぬ心配も無くなると……なんだか急に」
生きるか死ぬかの世界で生きて来た師匠には悩む余裕すら無かったのかな。それがこっちに来て、追っていた敵もいなくなったことで急に時間に襲われたのかも。悩む時間ができてしまった……そういうことだろうか?
「思うのデス。何の為にこの世界にいるのかなって。私は誰かに……」
師匠が僕のことを見つめた。だけど、すぐに顔を背けてしまう。
「何でも無いデス」
師匠は再び川に目をやると、指を上げた。すると、周りの小石が浮いて川の上を飛び回る。
「師匠は、元の世界にいた時、自由になったら何をやりたかったんですか?」
「私がやりたかったこと……デスか」
師匠が岩の上に立ち上がった。飛び回っていた小石達が師匠の前に集まって行く。その上に師匠はゆっくりと足を乗せた。
「やりたかったこと。本当はいっぱいあったはずなのデスが……」
師匠が、空中にできた小石の橋を歩いていく。川の上を歩き回る。
遊びでやっているのかもしれないけど、その幻想的な光景に体が震えた。
川の流れる音だけが聞こえる森の中、そこで空中を歩き回る女性。彼女は少女のような、大人のような空気を身に纏っていて……。
なんと言えばいいのか分からない。
でも……僕は……。
そんな師匠のことが、すごく綺麗だと思った。
しばらくその様子を見ていると、師匠がピタリと動きを止めた。
「今、私のこと呼びマシタ?」
「え、呼んでないですよ」
「おかしいデスね。今確かに呼ばれた気がしたのに……」
師匠が辺りを見回す。
「……」
「師匠?」
師匠がこちらへ振り返る。けど、なんだかさっきまでと違う。
師匠は、虚な表情で僕のことを見ていた。
「ねぇ」
師匠が真っ黒な瞳で声を上げる。その姿はまるで別人のようで、見ているだけで不安な気持ちになった。
「私のこと、どう思いマスか?」
「ど、どうって? どういう意味……」
「特別な感情をイダキマスカ?」
「特別な……感情……?」
それって、尊敬とかそういうことだろうか?
「そ、尊敬してますよ。師匠のこと」
「ソウジャナイ。ツナガリヲモトメテマス」
「え、師匠……?」
「サビシイ。イッショニイタイ」
師匠の様子がおかしい。こちらを見ているけど、どんな感情なのか分からない。浮遊した小石の上で、ただ立ち尽くしているように見える。
このままだと、師匠がいなくなってしまいそうで、話を変えた。
「そ、そうだ。師匠のやりたいこと一緒に探しませんか? 修行中でも、修行が終わった後でも」
「イッショニ?」
師匠の顔に疑問が浮かぶ。先ほどまでの表情から変わったことに少し安堵した。
「そうです。一緒に、です。もし僕にできることならなんでもやりますし」
「それは……どんなことでもいいのデスか?」
師匠の瞳に光が戻った気がした。
「なんでもいいですよ。師匠の笑ってる所が見たいですから!」
「フギャアっ!?」
急に師匠が乗っていた小石の群れが浮力を失う。師匠はバランスを崩して川に落ちた。
「だ、大丈夫ですか!? 師匠!?」
「だ、大丈夫。それより……今の言葉……」
「あ、はい。その、○ねとか、技の実験台にさせろとかはできないですけど、それ以外なら」
「お前は私のことを何だと思っているのデスか……」
師匠がため息をついた。でも、いつもの師匠だ。僕の知ってる。いつもの。
「でも分かりマシタ。良く考えておきマス」
「は、はい」
師匠が笑う。その姿にさっきまでの緊張が消えていくのが分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます