第102話 3/3

「……と、いうことがあってじゃな」


「……」


 あれ? 俺ってどうしてたっけ? カノガミの声が聞こえる。


 あと、なんか……頭が撫でられてる気もする。



 !?



 な、なんだよこれ! カノガミにひ、膝枕されてんじゃねぇか!



 あ、そうか。帰り道が渋滞してて、俺寝ちまったのか。


 じゃあ、今聞こえてる声……カノガミとカイ兄が話してるのか?


 この角度だと、2人の表情が見えない。



 ……。



 どうしよう?



「すまんカイセイ。ウチは……ジュンのことを何度も危険に巻き込んでおる。それどころかこの子の寿命を……」



 か、カノガミのヤツ!? それだけは言うなって口止めしたのに!



「……」


「オヌシに出て行けと言われれば従おう。どうしても……この話を隠したままではいかんと思ったのじゃ」


「俺はな。カノガミちゃん」


「ん?」


「君に出て行けなんて、そんなこと言える立場じゃないよ」


「どういうことじゃ?」


「俺は……あの家に残りたいと言った準を説得できなかった。無理矢理連れて行くこともできたのに、しなかった。その時点で保護者失格だよ。聞いたこと無いだろ? 中学生に1人暮らしさせるなんてさ」


「それは……ジュンのことを思って」


「違う。俺に度胸が無かっただけだよ。無理矢理連れて行って準に嫌われることも、準の人生を背負って生きることも……両方受け入れる度胸がね」



 ……カイ兄。



 そんなこと気にしてたのかよ。



 俺は……別にカイ兄にそんなこと……。



「君が準の側にいてくれたと聞いた時、本当は安心したんだよ。準は1人じゃないんだって。無責任の極みだよなぁ。はは」


「カイセイ。オヌシ……笑顔で話してるつもりじゃろうが、ウチには泣いておるように見えるぞ」


「は? そんなことないよ。この歳になるとさぁ。そう簡単に……」


「部外者の、しかもウチに言えたことでは無いが……オヌシがジュンの親になる必要など無いじゃろう? オヌシがどんな立場であっても、離れていても、ジュンはオヌシのことをと思っておる」


「……」


「いつもジュンは話すのじゃ。ウチに『カイ兄が〜』とか『カイ兄の〜』とな。それはオヌシが親代わりだからでは無いと思うぞ。家族の形など、それぞれじゃろ?」


「そんなこと言ってるのか。準のヤツ」


「ああ。いつもじゃ。それに、ジュンの好きな物はオヌシに多大な影響を受けておるぞ?」


「……」


「す、すまん! 偉そうに口を出してしまったのじゃ!」


「いや、ありがとう。なんか……楽になったよ」


「それは……なによりじゃ」



 カノガミ。



 ありがとな。



「じゃ、無責任ついでに色々言わせて貰うけどさ〜」



「え"」


 え"



「準とは変なことしてないんだよな? 君と準の関係は認めるけど、やっぱりな〜そういうことは段階を踏んで年齢と共に進んで欲しいんだよぉ。1人暮らしの甥っ子がいるとその辺が心配でさぁ。そりゃあ準の人生はコイツの物だしそこはコイツが決める所ではあるんだけど、やっぱり叔父としては一言ぐらいは言っておかないとさぁ。苦労するのもコイツな訳だし。いや、分かるよ? 君が真面目だってことはね。今色々と君に不利になることも話してくれたからさ。でもやっぱりなぁ〜カミとはいえ、年頃の男女が1つ屋根の下で暮らしている状況がさ、そういうことが起きないとも限らない訳だし……」



「えぇ……?」


 えぇ……?


  

「あぁ。あとさ」


「ま、まだ何かあるのかの?」


「準が他の子のこと好きになったらどうする? コイツが大人になって人間の……普通の人と結婚したいとか言われたら?」


 急にカイ兄が真剣な口調になった。


 な、何言ってるんだよ?



「それは……」



「もしもの話だよ」



「わ、分かんのじゃ……でも、ウチはジュンの近くにいたいと言うじゃろうな。例え、そうなったとしても、ジュンが嫌がらん限りは……」



「そうか」




「……」



「それに、カノガミちゃんがカミってことは、死ぬ事も無いんだろ?」


「まぁ、そうじゃな」


「仮にさ、君達が、こう、上手くいったとしてさ、それでも準の方が先に死ぬと思うけど、君は大丈夫なの?」


 カノガミよりも俺が先に……か。


 そりゃあ頭では分かってたけど、そうやって言われると、今まで考えないようにしてきたって思い知らされる。


 も、もう俺起きた方がいいかな……。



「そ、それでも、ウチは……そうなると分かっていても、一緒にいたい」



「……」

「……」



「ごめんごめん! イジメるつもりは無かったんだって! カノガミちゃんのことが心配になっただけでさ」



「ウチのこと?」



「ああ。1?」



「ふっ」



「ん?」



「ふふふふふふ」



「お、おいどうした?」



「ふふふ。いや、やっぱり、オヌシとジュンは家族じゃな。ふふ、良く似ておる」



「え、そ、そうかな?」



「でも心配は無用じゃ。今のウチにはカミのがおる。じゃから……何かあったとしても、大丈夫じゃ」



「なら良かったよ」



 気がつくと、カイ兄はいつもの口調に戻っていた。



「でもさぁ俺も嫌な大人になっちゃったなぁ。先のことばっか、現実的なことばっか考えちまう。どうなるかなんて、心配したって仕方ねーのにな」


「ふふ。それじゃとオヌシが好きな……マンガなんかも楽しめんじゃろうなぁ」


「そうなんだよ! なんかあるごとに『これって現実に起きると……』とか考えちまってさ〜嫌だねぇ〜大人っていうのは」


 カイ兄の笑い声が聞こえる。しかし、ひとしきり笑い終えると、その声は再び真面目なものに変わっていた。


「……今日はカノガミちゃんのこと知れて良かったよ」



「どういうことじゃ?」



「良いヤツが一緒にいてくれて、準が羨ましいってことさ。コイツのこと、頼むよ。無責任な叔父からの頼みっつーことでさ」



「……ありがとう。カイセイ」


「あーあ。俺もそろそろ彼女の1人でも作るかなぁ〜」


「カイセイならすぐにできるじゃろ」


「やっぱり趣味に理解ある子がいいな!」


「スターウ○ーズを1時間近く語るのはやめるのじゃぞ。相手の女子おなごが可哀想じゃ」


「ちぇ。わあったよー」


◇◇◇


 翌日。


「じゃ、俺はそろそろ向こう戻るわ〜」


 カイ兄が玄関で手を振った。


「見送り行かなくていいの?」


「ここでいいって」


「カイセイ。色々とありがとうなのじゃ。ウチのことも認めてくれて」


「カノガミちゃん。これからも頼むよ」


「任せておくのじゃ!」


「カイ兄も元気でね……電話くれよ」


「分かってるよ。ジュンも?」


 カイ兄は、俺の頭をガシッと掴むと、笑顔で扉を出て言った。


 最後の言葉。なんだか、カイ兄から「あまり無茶するなよ」と言われた気がする。


 扉が閉まると、またカノガミと2人になった。なんだか、カイ兄が戻ってくるような気がして、しばらく2人でその場に立ち尽くしていた。


「じゃ、今日はウチが昼ごはんを作ってやるかの〜」


 しばらく佇んだ後、カノガミは伸びをしながら呟いた。


 カノガミが俺の手を引いてリビングへと歩いて行く。



「何作ってくれるんだよ?」



「決まっておろう?」



 振り返ったカノガミは、ニカッと笑った。



「ソーメンじゃ!」

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