第88話 4/4

「弟子! 猫田を回収するのデス!」


 先輩が慌てて猫田先生を抱えて走って来た。


「これで終わりデス」


 倒れた竜の首と体目掛けて重力魔法が放たれる。轟音が響き渡ったかと思うと、イアク・ザードの体がペシャンコになった。


『さすがに死んだか……』


 しばらく身構えていたが、竜は復活する気配は無かった。



◇◇◇


 イアク・ザードとの戦いから1時間。俺達はその場から動けず、グダグダと過ごしていた。


 俺もその場に寝転んでいた。空を見ると、イアク・ザードの魔法が解けて天候は回復していた。先ほどまで激闘が繰り広げられていたとは思えないほど青空が広がっている。


「みんな。お兄様に救援を頼んだからもう少し待ってくれ」


 ウラ秋菜だけが動き回ってみんなを介抱していた。


「う、動けんでござるぅ……」


「ギリ袋の反動だ。しばらく寝ておけ」


「あ、秋菜殿。拙者を優しく介抱して欲しいでござる♡」


「はぁ!? やめろ! すり寄るな!」


「作った人間が責任を取るのがスジでござろう?」


「う、うぅ……見た目は黒猫……中身はオッサン……」


「オッサンとは失敬な!」


 ウラ秋菜と猫田先生が騒いでいた。なんでウラ秋菜のヤツが葛藤してるんだ?


「大丈夫? お兄ちゃん」


 いつの間にかみーちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫……でも、力を使い過ぎたみたいだ。体がめっちゃダルいし、腹減った」



 みーちゃんが俺の頭を撫でる。



 小さな手のひらなのに、慈しむような優しい動き……。



 あれ? みーちゃんってこんなに距離が近かったっけ?



「ふふ。私達の気持ち分かった?」


 みーちゃんが微笑む。こういう顔も見たことあったかなぁ。


 なんだかいつもと違う感じがする。


「みーちゃん達がすげぇ量食う理由分かったよ……ところで、レイラさんと先輩は?」


「あそこでイチャついてるわ」


「イチャついてるって……」


 先輩達に目をやると、レイラさんが先輩を押さえ付けながら何かやっていた。


「いだだだっ!? 師匠! 傷の処置とかもういいですから!?」


「まだデスっ!! 大人しくするのデス! 傷が化膿でもしたら大変デスよ!」


「僕はほとんど怪我してないですから! いだだだっ! ていうか師匠に怪我させられそうなんですけど!?」



「い、イチャついてるのか? あれ……」



「私にはあなたとカノガミも同じように見えるけど? ちょっと羨ましいくらい」


「え?」


「なんでもないわ」



 みーちゃんの遠くを見るような瞳は何を考えているのか、分からなかった。



 ……。



「……さてと。俺もいつまでも憑依態でいるわけにもいかないし、そろそろ分離しないとな」


 カノガミの声が聞こえないとなーんか調子出ないんだよなぁ。


 

「ええ。人手が多い方がいいわね。あ、お兄ちゃん。分離する時はひわ」


「やめてぇぇぇ!? 意識しないようにしてるんだからぁぁぁ!!」


「ふふ。もういつも通りね」



 カノガミと分離したい分離したい……。



 ふふふふふ。



「ん? なんか声がした?」



「ふふふふふ」



「あれ、みーちゃん。なんか声がしてる?」


「え、ええ……何この声? どこから聞こえてくるの?」



「「ふふふふふ」」



「え、これってまさか……」



「「「ふはははははははははっ!!」」」



「イ、イアク・ザードの声!? でもヤツはペシャンコに……」



 急いでイアク・ザードの方を見ると、潰されたはずの体が急速な速度で戻っていく。



「う、ウソでしょ……」


「「「蘇生魔法とやらを試したいが為に死んでやったが、いかんな。発動まで時間がかかり過ぎる」」」


「バカな!? 蘇生魔法!? 生命への干渉は失われた技術のはずデス!!」



 レイラさんの狼狽える様子で理解してしまった。



 絶望的な状況なんだってことが。




「「「失われると分かっていれば、手に入れたくなるものだ。何せ2500年分の記憶があるのだからな……だが、そのおかげでお前達も楽しかっただろう?」」」


 イアク・ザードが翼を開く。世界が再び暗闇に包まれた。



「「「お遊びは終わりだ」」」



 竜の声が変わる。先程までの俺達を小馬鹿にしたような声色から、真剣な声へ。


 次の瞬間。



 が放たれた。



 それが当たったと思うと、俺達は吹き飛ばされていた。



「みんな!? 大丈……え?」



 みーちゃんの声につられてみんなの方を見ると、ウラ秋菜も、先輩も、猫田先生も……みんな、いた。


 レイラさんだけが、かろうじてフラフラと立っている状態だった。


「「「我は踊り食いが好きなのでな。お前達の精神に直接攻撃を行った。しかし、意識がある者がいるとは」」」


「私達はカミだから無事だったってこと……か……」


 みーちゃんの顔が絶望の色に染まる。



「……私、がコイツを……止めマス。他の者を連れて、逃げ……るのデス」



 レイラさんがフラフラの状態で重力剣を構える。



 が。



 竜の翼が前を通り過ぎたかと思うと、レイラさんは吹き飛ばされて、岩に叩きつけられていた。



「ごふっ……!?」



 レイラさんが口から血を吐き出した。



「レイラさん!?」

「レイラ!?」



「だ、大丈夫……ま、まだ、生きてる……」



 レイラさんは剣を地面に突き刺し、立ち上がろうとしたが、そのまま倒れてしまった。


「う……動け……か……だ」


「動いちゃダメ!!」



「「「近づくな」」」



 みーちゃんが駆け寄ろうとしたが、イアク・ザードの翼に防がれてしまう。


「「「我らを殺そうとした女、お前はそこで仲間が食われる様を見ていろ。後で嬲り殺してやる」」」




 竜がため息をついた。



「「「しかし……我らを過去に飛ばした者達を喰らうのを楽しみにしていたが、この程度の力ではな……喰らった所で大した糧にはならん。残念だ」」」



「……お兄ちゃん。まだ動ける?」


「だ、大丈夫。俺は何ともない」



 ど、どうする……? 俺とみーちゃんだけでコイツを倒せるのか……?








「なんじゃなんじゃあ? シリアスな展開じゃのぉ〜」




 声をした方を見ると、長い髪の女がレイラさんに手を当てていた。


「よし。これで多少マシじゃろ」


 女はこちらに近づいて来る。



「あーあー。2人ともそんな暗い顔をするでない」



 気の抜けたような……いつもの調子で。



「カノガミ!?」

「ど、どうして……!?」



「さっきの波動? みたいのに当たった瞬間ジュンから弾き飛ばされたのじゃ」



 カノガミはポリポリと頭を掻いた。



 そういや、いつのまにか目の前を覆っていた長い髪が無くなってる……。



「「「なんだ女? お前もコイツらの仲間か……?」」」


「そうじゃが? オヌシ……強い者を喰らって力を得たいのじゃろ? 少し待って貰えんじゃろうか?」


 カノガミがイアク・ザードへ近づく。


「「「なんだ? 強者を知っているのか?」」」



「ああ1人知っておるぞ。この世界の持ち主を」



「「「最高峰の力だと!?」」」



 イアク・ザードは何かを考えるように唸った。



「どうじゃ? その力、糧にしたいとは思わんか?」



「「「……良かろう。待ってやる」」」



「約束じゃぞ」



「お、おい……お前何言ってんだよ」



 カノガミは振り返って俺達を見る。その顔は自信に満ちた顔付きだった。



「みーちゃん。をやるぞ」



「アレ? アレって何?」



「決まっておろう……」



 カノガミは少しの間を置いた後。



 目をカッと見開いた。



じゃっ!!」


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