第62話 3/4

 駅裏のゲームセンター『大怪獣』は、入る前から異様な空気を醸し出していた。


 通り過ぎる学生達が目を逸らし、足早に通り過ぎて行く。


 中に入ると確かにかなりの数の格闘ゲームが店内に設置してあった。


「落とし物コーナーは……あるわけないか。店員に聞くしかないな」


「私にまかせなさい」


 そう言うと、方内先輩は店員の控え室に入っていった。


 そんな所入っていっていいのか?


 数秒待つと先輩は扉から顔を覗かせた。


「何ぼうっとしてるのよ。犬山くんも来て」


 中の通路を歩くと、店員らしき男性がタバコを吸っているのが見えた。先輩に黙っていろと釘を刺されたので後ろから様子を伺っていた。


「お疲れ様。今日店長さんは?」


「え? 店長? 今日は夜シフトって聞いたけど……」


 突然の訪問者に、店員は戸惑ったようだった。


「そうなの? ごめんなさい。おかしいな……言ってた日を間違えたのかな」


「何か店長に用事だった?」


 店員がめんどくさそうに言う。


「あのですね……この店の前で封筒を落としたみたいで、店長さんに電話したの」


 先輩はいつもと違う雰囲気だ。なんというか……いつもの自信に満ち溢れた表情から、困り顔の普通の女子生徒に見える。


「店長しか分からないな」


「大切な物が入ってるの。落とし物を保管してる棚とか、日報があれば見せてもらえないですか? 他のシフトの人が知ってるかもしれないし……」


「……日報なら隣の部屋にあるな。見ていいよ」


「ありがとうございます! 助かりました!」


 先輩は深々と頭を下げた。



 隣の部屋に入る。



 日報は机の上に置いてありすぐに分かった。


「なんですか今のは」


「嘘に決まってるでしょ。あんなやる気無さそうな店員、素直に聞いた所であしらわれるだけよ」


 嘘をつくのにためらいが無さすぎる。


「日報……情報があればいいが」


「手がかりが何も無いよりいいでしょ? 見てみましょう」


 日報を開くと、アルバイト同士のどうでも良い連絡事項から店長の叱咤などで溢れていた。


「これは社会見学としては中々面白いわ。大人って結構適当に社会を回してるのねぇ」


「あ、このページ……封筒についての記述がある。昨日の20時のシフト」


「どれどれ……『暴走族ジーダスのメンバー同士で封筒を巡って争っていました。なだめる為に勤務時間が30分超えてしまったので退勤処理を……』これっぽいわね」


「これが関係あるなら暴走族から取り返さないといけないのか……」


「ちょうどいいじゃない。この店ってその暴走族がたむろする場所なんでしょ?」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


 その時、外から爆音が聞こえてきた。何台ものバイクが店の前に止まったようだ。



 ……暴走族だよな。



 関わりたくないな。


◇◇◇


 控え室からゲームセンターに戻ると、派手な服を着た男達が数人、ゲームを囲んで盛り上がっていた。


 クソ。どうする。


 話を聞くだけでも絶対トラブルになるよな。



 あまり大事にしたくないな。



「犬山君。そこにいるじゃない暴走族。何してるの?」


「今どうしようか考えてます。


「当たって砕けるのよ!」


「ちょ、ちょっと!? やめ……」


 先輩が俺の背中を押して暴走族に近寄っていく。


「あ? なんだお前?」


 暴走族の1人がこちらに気付いた。


「あ、いや、昨日ここで封筒を落としたんだが、何か知らないか?」


「は? 知らねーよ! 俺が盗んだって言いてえのかお前!?」


 なんでそうなるんだ……。


「盗んだのね」



 先輩は俺の背中から顔を覗かせた。


 というか……。


 先輩は、俺の背中をしっかりと掴んでいた。学ランを。これじゃ、俺が逃げられないじゃないか。



「あ"!? 何決めつけてくれてんの!?」



 暴走族の男がブチ切れる。


 俺に。



「私達は封筒を『落とした』と言ったの。『俺』『盗んだ』と言ったのはあなただわ」


「テメェっ!? いい加減にしろよ!!」



 暴走族が喚き散らす。


 俺に。



「これだから脳筋は困るのよ。言い返せないから暴力に訴えるの? そんなの子どもと一緒よ。いいえ……言うこと聞く分だけまだ幼稚園児の方が賢いわ」


 先輩が、俺の背中越しに暴走族を煽る。


「テメェ……マジでぶっ○されたいらしいな……」



 暴走族が胸ぐらを掴む。


 俺の。



「ま、まぁ落ち着いてくれ。何も俺達は疑ってるわけじゃ……」


「アナタが盗んだのよね? 素直に言って封筒を返せば警察に突き出されてクサイ飯を食うハメにはならないわよ」


「……」


 暴走族が無言で拳を振り上げる。



 あ、俺。終わった。




「オラァ!!!」


 暴走族が殴りかかってくる。


「危ないわ」


 先輩が俺の学ランを引っ張る。引っ張られた勢いで暴走族の拳をギリギリで避けた。


「な……!? コイツ、避けやがった」



 え?



「オラァ!!」


 暴走族が再び殴りかかる。


「危ないわ」


 先輩が俺の学ランを引っ張る。


「……!?」


ギリギリで拳を避ける。


「んだとっ!?」


暴走族が悔しがる。


「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」


 な、なんだこれは…!?


「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」


 俺が、右へ左へ後ろへ高速で引っ張られる。


「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」


 誰か……助け……。


「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」

「オラァ!!」

「危ないわ」



「ハァハァ……コイツ……なんなんだよ……」


 暴走族の男が疲れ果てた様子で呟いた。



 左右に振られすぎて、き、気持ち悪い……吐き気が……。



「な、なんだよこの男の目……ぜってぇヤベェ奴だ……!?」


 周りの暴走族が何か言っていたが全く頭に入ってこなかった。


「アンタ達……私達が?」


 いつの間にか、先輩が俺の前でふんぞり返っていた。


 周りの暴走族達がヒソヒソと話し出す。


「なんでこの女こんなに偉そうなんだ?」


「も、もしかしてコイツ只者じゃないんじゃ……?」


「手を出さない理由……? も、もしかして……」


 暴走族の様子を見た先輩が俺に耳打ちしてきた。


「やたらビビってるわね。さっき私が警察を出したのが効いたみたい。もう一押しよ」


 いや、違う気がするんだけど。


 暴走族達の顔が変わる。なんというか……何かを恐れているような……。


「そうなったらもう? お互い。ここは私達が大人になってあげるから、封筒だけ置いてさっさと帰りなさい!」


 方内先輩がヤンキー達を睨みつけた。



「ヒッ……やっぱりそうだ……お前は……お前達は……」



「あら。私ってそんなに有名人? そうよ。私こそがほ……」


「この女、虎頭景ことう けいだあああぁぁぁ!? コイツら薔僂権バルゴンの創設者……伝説のヤンキー兄妹だああああぁぁぁ!?」



「は?」


 暴走族達はそう言うと封筒を置いて急いで店から出て行った。


「……ねぇ犬山くん。どうしたのアイツら……?」


 先輩は意味が分かってない様子だった。

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