犬山の災難な1日。なのじゃ

第60話 1/4

 時は遡ること、1週間前。


 世間がまだ「辻斬り猫」に騒ぐ前のこと。



 ……。




「部長。急に呼び出してどうしたんだ?」


「ふっふっふ……犬山君。今回は大口の依頼だよ」


 情報部部長の小宮茉莉こみやまつりはメガネを光らせた。


「なんと! 今回の依頼者はなの! まさか先生がを頼るなんてね〜」


「先生……? 先生が一体何の依頼なんだ?」


「それは職員室で直接聞いてね♪」


「分かった」


「あ、私は取材の予定入ってるからよろしくね♪」


 そう言うと部長はカバンにカメラを詰めて慌ただしく出て行ってしまった。



 先生の依頼……か。



 ……さっきも文芸部部長の路野ジノによく分からない物を探してるとかで色々聞かれたし。アイツ、口下手だから何を聞きたいのかイマイチよく分からないんだよな。


 今日はなんだか、嫌な予感がするな。


 



◇◇◇


「ありがとね犬山君。ちょっと他の先生達には聞かれたくなくて……」


 英語教師の大橋先生を尋ねると、何故か図工室に連れていかれた。


 大橋先生は教師達の中で最年少らしく、いつも他の先生に気を使っている。よほどまずい事でもあったのだろうか?


「それで、俺は何をしたらいいんですか?」



「引かないでね? 私っての顧問やってるでしょ? みんなから預かった大会遠征費をね……落としちゃったの」



「いくら落としたんですか?」


「うううぅ……12万円……」



 大橋先生が涙目で答えた。


 結構な大金だな。それは確かに、他の人には言えないか。


「分かりました。協力するので落とした時のことを詳しく教えて下さい」


「ありがとう……犬山君……」


 大橋先生がおずおずと話出そうとした時、不穏な声が聞こえてきた。



「ふふふふ。聞いてしまったわ」



 振り返ると、図工室の壁に女子が寄りかかっていた。……腕を組んでポーズを決めるように。


 この、無駄に自信の溢れた女子は……。



 俺の記憶の中に1人しかいなかった。



「その依頼! この! 方内洋子ほううち ようこが引き受けたわ!!」


 方内先輩は胸に手を当てふんぞり返った。



「方内さん!? 聞いちゃったの!?」



「ええ。なっていませんね先生。生徒を連れて図工室にコソコソ向かうなんて……怪しまれないと思う方が愚かよ!」


 方内先輩が大袈裟に指を差した。


「ヒィィィィ!? 許してぇぇぇ……」


 大橋先生はすっかり怯え切ってしまっている。それを見て方内先輩は慈愛を込めた笑みを浮かべた。


「安心して先生? 私は何も先生をとして告発しようと言う訳ではないの。ただ、先生の為に身を尽くしたい……生徒として当然のことを思っただけよ?」



「ホント? ありがとう方内さ……」



「1割」



 方内先輩が笑顔のまま言った。



「え?」



 大橋先生は笑顔のまま固まった。



「お礼は1割でいいわ」



「ええええぇぇぇ!?」



「先生のお給料なら余裕でしょ? それだけでこの優秀な頭脳を雇うことができるなんて先生は運が良いわ。この、方内洋子に任せておきなさい!」


 方内先輩は再び胸に手をあてふんぞり返った。


「でもでもぉ……方内さんが探偵なんて初めて聞いたしぃ……」


 俺もそんなこと初めて聞いたぞ……。


「はぁ……仕方ないわね。先生。あなた今日寝坊したでしょ? それも急いでいたからゴミ収集の時間に間に合わなかった」


「え!? なんで分かるの!?」


「もう一つ言うわ。先生。ゴミを部屋に持ち帰るのが面倒でコッソリゴミ捨て場に置いて来たわね?」


「ええぇぇ!? どうしてぇぇ!?」


「まず、その身なりよ。先生はいつもこれでもかというくらい身なりを整えて来ているわ。それが今日は……犬山くん。教えてあげて」


「あ……若干寝癖がある」


「うぅぅぅぅ〜今日は焦ってヘアセットしたからぁぁぁ」


「それと先生。手を見て? いつもと違う所は無いかしら?」


「手……? あ!? 爪が欠けてる!?」


「そうよ。ゴミ袋を捨てる時に引っ掛けてしまったのね」


「す、すごい……私、方内さんのこと、全然知らなかったぁぁぁ」


 先生は涙目だった。


「どう? これで私のこと、信用してもらえたかしら?」


「ううぅぅ……でもぉ1万2千円はちょっとぉぉ……」


「まかせておいて先生。名探偵はアフターフォローもバッチリよ。大橋先生がこんな失態を犯したなんて、


 方内先輩はにこやかに、しかし最後を強調して言った。



 これって……。



 恐喝では?



◇◇◇


 大橋先生に昨日の状況を聞いたが……。


「えっとぉぉ部室に行ってぇぇ指導してぇぇそれからぁぁえっとぉぉ……どうしたっけ?あれぇ? えっとぉ……。ちょっと待って。覚えてるのよぉ、えっとぉ……それからぁぁ」


 という具合に、先生の説明では昨日家に帰るまでの足取りが全く分からなかった。



 あの人本当に教員なのか?


 ハッキリと覚えているのは昨日格闘部で遠征費を集めた所までだ。


 仕方がないので、まずは格闘部に向かうことにした。



 しかし……。 



 結局、遠征費探しは方内先輩と俺で行うことになってしまった。


「方内先輩が推理が得意だとは知りませんでした」


「ああ。当たり前よ。だって


「……え?」


「だって大橋先生と私、通学路同じ方向だし。今朝見たのよ。先生が慌てて出てきてゴミをコッソリ捨てていくのを」


「じゃあさっきの推理は!?」


「何を言ってるの? 私は? と言っただけよ。それを答えたのはあなたと先生でしょ?」


 そういえば……そうだった。


「私は答えを知っている。だから先生にそれを突きつけた。理由なんて適当でいいのよ。後は先生が勝手に納得してくれるわ」


 なんというか。



 先輩に言っていいか分からないが。



 この人。



 クズだなぁ。



「名探偵と言っていたのは?」


「ノリよ」


「の、ノリ……ですか」


「私は職員室をコソコソ出て行くあなた達を見て怪しそうだったから後を付けただけよ。そしたら思わぬチャンスにあり付けたわけ。1万2千円のね」


「それってもしかして……お金を探すのは?」


「当然あなたに決まってるでしょ? 犬山くん」


「詐欺師だ……」


「あら、私は詐欺師では無いわ。方内洋子よ」


 方内先輩は胸を張った。



 俺はなんだか……頭が痛くなった。

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