初めての……。なのじゃ!

第59話 1/1

 武士研に行った後、部室の扉を開けると誰もいなかった。


「おや? 誰もおらんのじゃ」


「みんな取材に行ったんじゃねぇの?」


「なんじゃあ……つまらんの。せっかく可視化したのにぃ♡」


 カノガミはスカートの裾を持ってクルリと一回転した。


「お前……中学の制服着てたらなんとか誤魔化せると思ってるだろ」


「えぇ……そうじゃないんか?」


「よく見たら1発で分かるから!」


……じゃろ?」


「はぁ……まぁそう言うことにしておくか」


「早くジュンの入れてくれた茶が飲みたいの〜♡」


 会議用テーブルの真ん中にカノガミが座る。


「わあったよ〜」


 お、そういやちょうどいいな……を出してやるか。


 戸を開けて、湯呑みを取り出す。ポットから急須にお茶を入れて数十秒。そして湯呑みに注ぐ。


 カノガミの前にお茶の入った湯呑みを置く。


「おぉ!? ウマ湯呑みじゃ!」


「カノガミの分も買ったんだよ」


「いいのぉいいのぉ〜メルメルメ〜♪」


「好きだよなぁ〜」


 カノガミが最近ハマっているマンガのマスコット模様の湯呑みを選んでみたけど、喜んでるみたいで良かった。


 カノガミがお茶を一口飲む。


「お、いつもと茶が違うのじゃ」


「分かる? 料理谷先輩から貰ったんだよ。かなりいいお茶らしいぜ。あとこれ」


 カノガミの前にメタリックな色合いの茶色い袋を置く。


「なんじゃこれ? チョコ○イ?」


「そろそろカノガミにもこの禁断の味を教えてやらねーとな」


「き、禁断……じゃと?」


「まぁ食ってみろよ」


「ゴクリ」


 カノガミがチョコパイの袋を開けて一口かじる。


 目を閉じて味わうようにゆっくりと食べ進んでいく。


「どうだ?」


「う」


「う?」


「うますぎるぅぅぅ!! なんじゃあこれは!?」


 オーバーリアクションでカノガミが立ち上がる。相当チョ○パイが気に入った様子で目がキラキラ輝いてるのが面白かった。


「そうだろ?」


「そしてこの茶で甘さを洗い流すのが……たまらん!」


「いやぁ〜やっぱりの湯呑みにのお茶だしさ。茶菓子ものヤツをさ、食べさせたかったんだよな!」


「は、初めて……か」


湯呑み使うのに、こんなにおあつらえ向きな状況中々ないぞ〜」


 カノガミがなぜか周囲を確認した。しかも、扉の外まで覗きに行き、ロボットのようなギクシャクした動きで席に戻った。



「た、確かに……の……」



 カノガミがうつむく。そしてなぜか上目遣いでこちらをチラチラと見てくる。


「どうした?」


「も、もう怒っておらんからな?」


「あぁ。さっきのか……いや、アレは俺が悪かったよ。あの時のこと茶化したりして」


「……それは、そうと、アレじゃの」


「ん?」



 突然。



 カノガミが一気にお茶を飲み干そうとした。



「熱っ!?」


「おい!? 大丈夫か!?」


「大丈夫! 大丈夫じゃ……の、のうジュン?」


 カノガミが俺の隣の席にやって来た。


「え、な、なんだよ!?」


 なぜか真っ赤の顔で何かを言おうとしていた。


「く、く、くくく……」


 でも、上手く言えないようで、真っ赤な顔でこちらを見たり、俯いたりを繰り返す。


「『く』がどうした?」


「く……」


「カノガミ?」



「く、くちづけ、せ、せんか?」



 突然の提案に頭が真っ白になった。


「え? な、な、な何言ってんだよ!? 急に……」


「今誰もおらんし……今日はばっかりじゃし、ついでに……というか、いや、ついでは嫌じゃが、あの、その、ダメ、じゃろうか?」


 カノガミが潤んだ瞳で俺を見つめる。息遣いが乱れているのがなんとなく分かった。


「……」


「ジュン……は、ウチとそういうことするの……嫌か、の?」


「嫌じゃ……無いけど……」


 え? ホントに? え? た、確かに前もくちづけとか言ってたし、でも、アレはゴッコ遊びの設定で、いや、今までもカノガミに好きとか色々言われてたけど、なんというか、流れでというか、冗談みたいな感じでというか、というか、俺もコイツのこと嫌いじゃないし……え? でも、ここでキスしちゃったらどうなるの? 今までみたいにふざけたりできなくなるの? なんか変わっちゃうの俺達? でも、前に抱きしめたことはあったよな。でも、アレは辛そうなコイツを見て胸が苦しくなってというか……。


「だ、ダメか……?」


 カノガミが泣きそうな顔でもう一度言った。



 うん。しよう。



 後のことはしてから考えればいいや。



 俺はバカになることにした。



「い、いいんだな?」


「うん……よいぞ」


 カノガミの肩に手を置く。カノガミは静かに目を閉じた。


 ゆっくりとカノガミの唇に近づいていく。



 ん?



 なんか前にもこんなことあったよな? あ、ノがみの時だ。でもアレはアイツから来たわけだし今と逆か、アレはアレでゴッコ遊びというか、俺をおちょくってアイツが楽しんでただけだし……ていうか、なんでそれ今それを思い出すんだよ!? 最低じゃん俺! でもあの時もカノガミの顔がよぎって……。


 頬にカノガミの手が触れた。


「ジュン。余計なこと考えないで欲しいのじゃ……今は……」


 再び開いた瞳と目が合う。その顔はちょっと困ったようで……。



 あれ?



 何この気持ち。俺、変になってる。



 なんだか、心臓がすごい速さで脈打ってる。それが頭にも回って、くらくらする。



 俺も目を閉じる。



 なんだか、もう何も考えられない。



 頭の中でカノガミのことだけがよぎる。


 

 あれ? 俺って……こんなに……。



 そして、カノガミの唇にそっと……



「お、鍵開いてるじゃん!」


 急に扉が開いて夏樹が入ってきた。


「アアアアアァァァ!? ジュン!! ウエジャアアア!! ウエニミーチャンガカクレテオルゾォォォ!?」


 カノガミが立ち上がって天井を指差した。


「エ、ミーチャンガ!? ド、ドコ!?」


「テ、テンジョウジャアアア!!」



「なんだよ2人とも〜みーちゃんならさっき帰ってたぜ? 階段で会ったし〜」


「ア、ソウナンダハハ……」

「ウチノカンチガイジャッタノォ〜」


「あ、そうだ! 外輪〜今度の連休秋菜と泊まらせてくれよ。屋敷の改修工事があってさ〜」


「エ、イイヨ……」

「カンゲイスルノジャ」


 こうして芦屋兄妹が泊まりに来ることになった。



 あの時。



 一瞬だけ、唇が触れた気がしたけど……。


 

 これってファーストキスになるのか? 

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