第58話 5/5
「さて、この猫を縛り上げるか」
「待って。私の髪でやるわ」
「……貴様達。拙者をみくびってはおらんか?」
猫がどこかから、小さな袋を取り出した。
「できれば使いたくなかった。醜態を晒すからな……だが、もうなり振りかまっていられん」
猫が小さな袋を鼻に当てる。
「すう……はぁ。すぅ……はぁぁぁ……」
「 な、何をやってるの……?」
「ま……マタタビにカツオ節を混ぜ込んだ物……だ。どちらも、過剰摂取することで……ネコの攻撃本能を、最大限まで引き出す……」
猫が袋の匂いを何度も嗅ぐ。
「拙者の切り札……見せてやろう」
猫が網を両手で持った。
「はあぁぁぁぁ……っ!?」
「マズイ!? コイツ、素手で網を引きちぎってやがる!?」
「ふぅ、ふぅ、油断したなぁぁぁっ!?」
猫が真っ直ぐ私に飛び掛かる。
「きゃあああっ!?」
あまりの殺気で刀を押さえる力を弱めてしまう。それを察知したのか、猫は体を翻し、刀を拾った。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
刀を手に取った猫がめちゃくちゃに振り回す。
「屈めぇぇ!!」
秋菜の声で咄嗟に地面に屈んだ。
刀が一振りされる事に空間が歪む。
「な、何よこれぇぇぇ!?」
「無茶苦茶だ。アイツ、真空波みたいなの出してるぞ!!」
「拙者はぁぁぁぁ!! 拙者はああああ!!」
猫が叫びながら刀を振り回す。一振りするごとに周りの木が倒れる音がする。真空波が頭上を飛び交うせいで頭を上げることができない。
「おい! 猫! やめろお前!!」
「ちょっと! やめてぇぇぇ!!」
「拙者はぁぁぁぁ!!」
猫が刀を振り回す速度を上げる。
必死に訴えても全く話が通じない。猫は完全に錯乱しているようだった。
「拙者……はぁ!!」
猫が刀を力いっぱい振り上げる。
「あの向き……!? 私達に当たるぞ!? 走れ!!」
「む、無理よ!? まだ真空波飛んでるじゃない!!」
「拙者はぁ……先生と呼ばれるんだぁ、ぁ、ぁ……」
突然。猫が動きを止める。
猫を見ると泡を吹いて気絶していた。
「た、助かった……」
「おい。今のうちにアイツを縛り上げるぞ」
周りを見ると、何十本もの木が切り倒されていた。
◇◇◇
「む、拙者は確か……」
「目が覚めたか。猫」
「も、もうあの袋無いわよね!? 暴れないでね!?」
「万策尽きた。お前達の勝ちだ」
猫は特に暴れることもなく、諦めた様子だった。
「よし。決闘は私達の勝ちだ。私達に従ってもらう」
「分かった。武士に二言は無い」
「なんでそんなに決闘にこだわったのよ?」
「サトルの話を聞いたろ? コイツは武士らしい。だったらこうやって約束で縛る方がいい。不意打ちだとまた辻斬りを始めるかもしれないしな」
武士道ってやつ? 人間の考えることってホントに分からない。この場合猫か。
「お前、何者なんだよ?」
「拙者は……
「な、なんだか時代感が違いすぎない?」
「職を得る為、武の道を極めようとしていた所、雷に打たれてな。気付いたらこの時代の猫になっていたのでござる……」
「それって……て、転生?」
「ふはは……猫田が猫になるとはとんだ冗談だ」
猫田が笑い出す。
「……雷と言ったが、何か普通とは違う所はなかったか?」
「何よ。普通とは違うところって」
「いや、こんな転生なんて現象、向こうの秋菜の記憶にも無いし」
確かに。よくあることならこの猫だけじゃないはず。この子も見たところもう大人の猫。既に転生していたのならもっと前に私達の前に現れてるわよね。
「そういえば……雷に打たれた後、赤い光に包まれた。いや、違うな……」
猫田は何かを思い出すように頭を振った。
「そうだ。思い出した。拙者はずっと自分を猫だと思って生きてきた……。それが、先日、赤い光を見たのだ。その時に、前世の記憶というのか、猫田十兵衛としての記憶が蘇ったのだ」
あ、赤い光……? それって……。
「外輪準に聞いた。ラセンリープは赤い光に包まれるってな……。でもラセンリープは世界の分岐点まで戻るだけだろ? なんで侍の時代まで影響及ぼすんだよ?」
「今回のラセンリープはかなり特殊よ。分離して間もない世界を融合させたんだから。予想外のことが起きてもおかしくないわ」
「それは……つまりどういうことだ?」
「今までのあなた達の世界。そのコトワリを超えた事象が起きたということよ。それは恐らく、今後も……」
「もう今までの私達の世界じゃない?」
「えぇ。何が起こるか予想もできないわ」
あぁ……カミサマ。
私はなんと罪深いことをしてしまったのでしょう……。
この白水を守る為、今後は全力を尽くします。
だから……どうぞお許しください。
あ。
カミサマは私だった。
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