第56話 3/5

「えーと。ネットネット……ネットはどこだ?」


 あの後、なぜか秋菜はホームセンターにやって来た。釣具コーナーやペットコーナーを回り、何かを探している。


「お。あったぞ」


 秋菜が鉄製のタモを手に取った。


「そんなタモで捕まえるつもり?」


「タモって言うな。ランディングネットだ」


「一緒じゃない」


「ランディングネットの方がカッコいいだろ」


「そのタモ3980円? よくそんなにお金持ってるわね」


「私の小遣いは経費みたいなものだ。ほっとけ。必要なんだよ。刀とやり合うんだからそれなりに頑丈なのがいる」


「辻斬り猫ってお寺のつり鐘を切ったんでしょ? そんなのすぐに切られそうな気がするけど」


「それは……後で対策を教えてやる」


 秋菜は目的の物を手に入れると、すぐにレジへと向かった。


 なんだか、中学生の女の子がホームセンターでタモを買ってる姿が妙に……気になった。


 舞とお買い物に行く時は、もっとかわいいお店に行くのに。


「服とか買わないの?」


「それはあっちの秋菜に任せてる」


 秋菜はこっちを振り向かずに言った。


「私は白水の平穏以外に興味は無い」


「今の秋菜は芦屋家当主じゃないでしょ? もっと気を抜けばいいのに」


 秋菜は何も言わず、ホームセンターの中を進む。


「ちょっと。歩くの早いわよ! 待って」



 ホームセンターを出た後、秋菜は隣の公園に入り、ベンチに座った。


「ほら」


 秋菜が急に何かを投げて来た。


「な、何?」


 渡されたのは小さな缶に入ったオレンジジュースだった。缶に印刷されたキャラクターが、にこやかにこちらを見ている。


「ガキにぶっ倒れられても困るしな」


 そう言うと、秋菜はスポーツドリンクを飲み出した。


 秋菜の隣に座る。


「私のこと気遣ってくれるのね。でも残念。私達カミに水分補給なんていらないから」


「……存在するだけでエネルギーを消費するお前達は人間以上のカロリーが必要だろ?」


「え?」


「私を誰だと思ってる? 芦屋家次期当主だぞ。お前らの事なんて学習済みだ」


「そうだったわね。不思議。そこまで芦屋家当主に固執するなら夏樹のことどうして好きなの?」


「す、すすすす好きとかじゃない!! そ、尊敬だ」


 さっきまでの仏頂面が真っ赤に染まる。


「分かりやすい女」


「うるさい!」


「質問に答えてよ」


「……私は」


 秋菜がスポーツドリンクのボトルを握り締めた。目は遠くを見つめ、昔を思い出しているみたいだった。


「幼い頃。まだ前の世界の頃だ。芦屋に生まれた自分が憎かった。下手に霊力があったせいで毎日毎日地獄のような訓練に座学……遊び相手なんていなかった」


 意外だった。あれほど芦屋であることに固執していた秋菜がこんなことを言うなんて。


「もう1人の秋菜と融合した時分かった。普段は頼りないが……お兄様が芦屋次期当主の座にいるのは私の為だ」


「秋菜の為?」


「私が受けるハズだった役目から守ってくれている。あの地獄の日々から……既にその重さを体感しているからな私は」


 秋菜は空を見上げた。


「今思えば、だが。ずっと……思っていた。私にも苦楽を分かち合う人がいればって。こちらの秋菜はそれをよく分かっている」


 夏樹が……。あの子、のほほんとしているようで、あの子はあの子なりに色々考えているのね。


「じゃあ……秋菜が前の世界で受けたような地獄の訓練を夏樹が代わりに受けているのね」


 それで、普段あの雰囲気だなんて……私はあの子のこと見誤っていた。芦屋当主の器だわ。


「いや、お兄様は当主の訓練を実質


「は?」


「地獄の訓練も初回で泣きながらギブアップした。それ以後はずっと逃げ回ってる」


「はぁ!?」


「逃げ回りすぎて家の者も匙を投げた。だから私が代わりにお兄様に訓練を課している。それで家の者は黙らせてるな」


「バカなの!? せっかく見直したのにタダの怠け者じゃない!!」


「なんだと!? お兄様をバカにするな!!!」


 秋菜は顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んだ。普段とはまるで違う姿に困惑してしまう。


 あぁ……この子もバカなんだわ……。


 でも。


「ふん」


 秋菜がそっぽを向く。


 夏樹が秋菜を役目から守り、秋菜も夏樹を守る……か。


「あなた達はそれでバランスが取れてるのかもね」


「何を分かったような……」


「あなたにしたこと、もう一度謝るわ。それと……改めて私からお願いさせて」



 みんな。みんなバカだけど、本当に優しい。


 いい子達ばっかり。


 みんなを、白水を守る。


 それが私の……責任。



「辻斬り猫退治。私にも協力させて」


 秋菜へと手を差し出す。


「なんだ。やっとやる気出したのか」


 秋菜は、私の手をしっかりと握った。

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