第49話 3/4

「うまぁい……うまぁぁぁい」


 そこには板場さんをも超えるほどの大男のじいさんが立っていた。しかもなぜか「うまい」としか話さない。


「なんちゅう体格じゃ……。鬼か何かと思ったぞ」


「せ、先輩……この人は?」


「この人は世界中の料理を味見して旅している味翁あじおうさんよ」


「ワシの麻雀仲間の1人じゃぞい」


「ん? 住職、語尾が変わった気がするのじゃが?」


「お姉さんと口調が被るので変えたのじゃぞい」


 なんだよ今回。ツッコミが追いつかねぇよ……。


「この味翁さんの舌は確かよ。通訳は私がするわ」


「それではルールを確認するぞい。お互い1品ずつ料理を提供し、味翁さんに味見してもらう。最終的に味翁さんに勝者を決めてもらうのじゃぞい」


「分かったわ」

「承知した」


「それではまず、板場の料理からぞい」


「な、なんじゃ!? あの卵は!?」


 板場さんの卵かけご飯は俺達の知っている物とは一線を画していた。メレンゲ状になった白身に濃い黄身を合わせてあり、まるで黄色い雲のよう。それが純白のご飯の上に漂っている。


「さぁ。これで仕上げだ」


 板場さんはその上から漆黒の液体を回しかけた。


「あ、あれって醤油なのか? あんな光も通さないような真っ黒なの見たこともないぞ……!?」


「最高級の食材での卵かけごはん……食べてみたいのじゃあ」



うまでは……」



 味翁さんが茶碗を持ち、一気にかき込んだ。


 どうだ……!?


 味翁さんが微かに震えている。


うままままままままおおおおおおおおお……」


うまぁぁぁぁぁいうまぁぁぁぁい!?」



 味翁さんが境内を駆け回る!!



 そのまま味翁さんが



 「ぞいッん!?」



 住職は後頭部を地面に強かに打ち付け、鼻から血を吹き出した。



「住職ううううぅぅぅぅ!?」


「な、何が起きたのじゃ!?」



「味翁さんは美味しい物を口にするとついつい技を発動させてしまうのよ」


 方内先輩が腕を組んだまま言った。


「なんでそんな迷惑な奴連れて来たんだよォォォ!?」



「でも舌は確かよ」



「確かとか関係ないじゃろおおおぉぉ!?」


「だ、大丈夫ぞい。味翁さんの技は受け慣れとるから……勝負の続きを……」


 住職がよろよろと立ち上がる。


 住職……アンタ人間の鏡だよ……。


「では……次は私の番ね」


 方内先輩が料理を運ぶ。



 !?



「お、おい……! 先輩の料理……」


「卵とご飯と醤油が並んどるだけじゃ……卵かけご飯にすらなっておらんぞ!?」


 板場さんの目付きが鋭くなる。


「どういうことだいお嬢さん。こちらは全力で向かったというのに、君は料理を愚弄するというのか?」



「あなたには見えていない物を教えてあげる」



「何……?」


 方内先輩がテーブルに料理を置こうとしたその時。


「方内先輩!!」


 犬山が息を切らせて走ってきた。


「い、犬山!? お前用があったんじゃ!?」


「頼まれごとをしていたんだ……っ。先輩! これをっ!!」


 犬山が容器を投げる。


 それを方内先輩がしっかりとキャッチした。



「これで……私の料理は完成だああっ!!」



 卵、ご飯、醤油と一緒に置かれたその容器は……っ!?



 赤い蓋に味の○の印刷……。



「あ、味の○じゃと……!?」


「そうよ」


 方内先輩が腕を組んでふんぞり返る。



「君……一体どういうつもりだ!!」



 板場さんが語気を荒げた。


「味翁さんを見ていれば分かるわ」



うまいこれは……」



 味翁さんがゆっくり箸を持つ。


 ご飯に醤油を垂らし、窪みを作る。できた窪みに卵を割り入れ……味の○を2振り。そして、2、3回軽く混ぜた後に一気にかき込んだ。


 食べ終えた味翁さんは静かに、だが満足気に言った。


うまうままうまうままうまいうまいうまいこれを表すには何も装飾はいらん。ただ一言、うまいで十分だ。」


 味翁さんが立ち上がる。



うまいうまうまい板場よ。君の負けだ



 そのまま。



 味翁さんはゆらりと住職に近づき……。



 目が光ったと思った直後。



 住職は



 味翁さんの背中には「」の一文字。



 味一筋70年。その男の集大成……奥義を、方内先輩は引き出したのであった。



 味翁さんは何も言わず……コチラを見て頷くと、再び旅立っていった。



「え? 瞬○殺? 豪○なの?」


「ただただ、住職が可哀想じゃ」



◇◇◇


「なぜだ……なぜ俺の負けなんだ……」


 板場さんは悔しそうに地面に座り込んだ。


「私は、味翁さんのを再現できるようにしたのよ」


「い、いつもの食べ方だと……?」


「以前、父と徹夜麻雀をした味翁さんは朝食に卵かけご飯を食べた。その時の食べ方……」


「あ、そう言えば、先に醤油をかけてた!」


「味の○も2振りかけてたのじゃ!」


「そう。醤油は先にかけて、あえて塩味を不揃いに。さらに、味の○で旨味を加える」



「そ、そうか……。俺は、を強要していたのか!?」



「そう。それがあなたの敗因よ」



「板場よ。ワシらの負けじゃぞい」



 ふんどし一丁の住職が板場さんの肩を叩いた。


「なぁに。次からワシらは挑戦者。また腕を磨いていつかリベンジしようぞい」


「住職……次こそは……次こそは……」


 板場さんはさめざめと涙を流した。


 いや、住職人間出来すぎだろ……。



「私は逃げも隠れもしない。覚えておきなさい。私の名前は方内洋子よ!」



 先輩は胸に手を当てふんぞり返った。


「洋子は何もやっておらんじゃろ!」


「いやぁ…料理運ぶ以外の工程全部俺らがやったしなぁ」


「味の○……結構遠くまで買いに行かされたぞ……」


「私は人を使うことが得意なの。何かあったらまたお願いね」


 先輩がニヤリと笑う。



 すごいなぁ。こんなに自信に満ち溢れている人っているんだ。自分では何もしないのに。



「クズじゃのぉ〜」

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