第40話 3/3

 気がつくと、よく分からない空間にいた。赤黒いような、でも時折晴れやかな青空のような景色に変わる空間。


 どれだけこの空間で過ごしたのかすら分からない。


 私はノがみになってしまったのだろうか?


「みーちゃん! 意識はあるか?」


 間抜けな顔の女が私を揺すっていた。


「お前か。……ふふ。私、なんでまだ意識があるんだろう」


「ガワは彼ノがみになってはいるが、個々の意識は残ったようじゃの。成功じゃ!」


「成功……? もうおしまいよ。もう別れることはできない。舞にも……もう会えない」


「そんなことは無い。ジュンとウチは繋がっておる。絶対にジュンがウチを引き上げてくれる。その時はみーちゃんも一緒に」


「そうなると良いわね。でも、ラセン時間を潜ることが成功して、上手く分離しても、私がまたあの子達を消すかもしれないよ?」


 女……カノガミは悲しそうな顔をした。


「みーちゃん。そのことじゃが……みーちゃんは本当に舞の父を生き返らせたいのか?」


「当たり前じゃない。それが舞の願いよ」


「本当にそうか? 他人を犠牲にしてまで舞は父を蘇らせたいと言ったのか?」


「分かった風なことを言うな」


 カノガミへの怒りが湧いたが、私の力は完全に失われていた。このままでは子供の姿の私の方が不利だ。そう考えると戦おうとも思わなかった。


「ウチの憑代のジュンもな……両親を失っておる」


「そう……なの」


 あのお兄ちゃんが? その割にはなんだか……明るいような気がする。


「じゃがジュンは、それを乗り越えようとしておる。傷を抱えながらも明るく生きておる。過去の痛みよりも、今の喜びに目を向けて生きておる」


「舞も一緒だって言うの?」


「みーちゃん。あの保険室で舞はどんな顔をしておった? みーちゃんが舞の友人を消す前、舞はどんな顔をしておった?」


 舞……あの子は私が何か隠す度に悲しい顔をした。保健室でも……。


 舞が友人といた時は……。


「怒らずに聞いてくれ。オヌシは……? チヨを失った自分を」


「な、何を言って……」


 反論しようとして、否定できない自分がいた。


 私は……私は……。


「舞の父を蘇らせれば、自分の想いが報われると思っていたのではないか?」


「お前に何が分かる!! チヨがどうなったのか知らないクセに!!」


「分かるよ……今は分かる。みーちゃんの記憶も、ウチの記憶も一緒になっておるじゃろ?」


 融合したからか……今は思い出せる。チヨとの安らかな日々を。溶けないと思っていた自分の中の氷が、ほんの少しだけ……。


「すまんみーちゃん。ウチはオヌシのことを分かってあげられたはずなのに……。オヌシの存在にすら気が付けなかった。自分のことばかり心配しておった」


 カノガミは泣き出しそうな顔をした。


 今の私にはこの女の過去も分かる。


 孤独を特に恐れていたことを。封印の暗闇の中で私以上の孤独に怯えていた。それはきっと……チヨの思い出がおぼろげだったせいだ。他者とのつながりを強く感じることができなかったせいだ。


「みーちゃん。ウチと友達になろう? 2人なら分かち合える。チヨのことも……きっと」


「カノガミと友達に……」


「ウチだけじゃない。ジュンや、みんなとも友達になれる。もちろん舞も一緒に」


 舞やみんなと笑って過ごせたら素敵だと思う。


 けど、私がやったことは決して許されることじゃない。あんなことをやっておいて、今更そんな虫のいい話は無い。


「私は……あのお兄ちゃんも消そうとしたんだぞ?」


「ジュンなら大丈夫じゃ」


「……許してくれるって言うの? お前はなぜそこまで信じられる?」


「ジュンはバカじゃから」


「どういうこと?」


「いっつも自分のことより他の者を優先しての。そのくせ寂しがり屋なのに強がって、マンガばかり集めて現実逃避して……それが口に出せんバカなヤツ。でも、一緒にいると、楽しい。……だから信じられる」


 カノガミは頬を赤らめた。


「そんなところが、ウチは……」


 その表情から分かる。彼がどれだけこの女にとって大きな存在なのか。


「大丈夫。きっと許して貰える。もし万が一みんなに許して貰えないことがあれば……ウチも一緒に謝る。許してもらえるまで何度だって」


 呆れてため息が出る。


 本当に。


 バカなのかどうか分からない、不思議なヤツ。



 でも……。



 私も、もっとバカになっても良かったのかもしれない。辛いなら辛いと言えば良かったのかも。



 もっと舞を頼っても。



 舞は、私のことを家族と言ってくれた。こんなにも私のことを見てくれていたのに、私は……私は過去チヨのことばかり。舞の為だと言いながら、舞にも自分にもウソをついて……。


 舞の友達を奪って……。


 

 ……。



 ごめんね。舞。



 引っ込み思案のあなたがせっかく仲良くなれた子達だったのに。




 もし、もう一度会えたら……。



 もし、みんなが無事に戻れたなら……。



 あなたに謝るわ。



 あなたは、私のこと許してくれる?




 ごめんなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る