参
僕と海津は墓参りを済ませてマンションに戻った。
海津は車を止めて一緒に降りる。寺の駐車場で話したいことがあると言っていた。海津の話も気になるが、それよりも僕は高橋さんの言葉が気になっていて、それを調べたかった。
海津をソファーに座らせて待たせる。高橋さんの言葉が頭に張りついて剥がれない。お茶を出すこともなく、僕は裕二の遺品を保存してある紙袋を開ける。遺品と言っても、部屋のものは全て燃えてしまったから、残っていたのは会社に置いてあったもの程度だ。
「達也、なにやってるんだ?」
「裕二の筆跡を調べる」
「高橋さんが言っていたこと、本気にしてるのか」
「そういうわけじゃないけど、なんか気になっちゃってさ」
ノートや手帳が出て来た。ぱらぱらめくるが、そこにはいつもの裕二の字があった。問題は2021年の九月以降。
あった。会社のノート、仕事の段取り、打ち合わせ……。
「おいっ、見てみろ」
僕は思わず海津にノートを押しつけた。退院以降の文字は、明らかに別人の文字で、でも、その文字にはとても親しみがある、間違いない、僕の字だった。
海津が飛び上がって驚くと思ったのに、彼は至って冷静だった。それどころか、僕が予期せぬことを口にした。
「黙っていたけど、おれは2021年に、2031年から来たおまえと会ってるんだ」
海津は不思議なことを言う。僕はその言葉をどう受け止めたらいいか分からなかった。しかし、頭のどこかで、そのことを納得しているもう一人の自分がいた。もう一人の自分は、先ほど見た夢の自分、デジャブを感じた自分と通じるところがあるように思える。
「じゃ、さっき高橋さんが言っていたことは……」
「当たってるんだよ。高橋さんは裕二の体に入ったおまえと付き合っていた。でも、そのことを彼女は知るべきじゃない。だって、そんなの、悲しすぎるだろ」
もうなにがどうなっているのか分からない。頭が混乱する。僕と高橋さんが付き合っていた?
海津は続ける。
「だから、おれは裕二が死んだとき、あの場所にいた。おれは、裕二の体に入ったおまえに会いに行ったんだ」
「裕二の体に入った僕?」
「ああ。おまえの結婚式の日に、裕二はおれしか知らない合い言葉を言って、『自分は裕二じゃない、達也だ』とはっきり言った」
荒唐無稽。そもそも、ぼくがどうやって過去の裕二の体に入るのだというのだ。
「そんな戯れ言、誰が信じるかよ」
「今日陽が西から昇った」
海津が呟いた言葉は意味不明な言葉なのに、頭の奥へと響いてくる。
裕二は結婚式でその言葉を言ったという。海津は意識を転送する研究を行っていた。それは、未来から過去へ転送される可能性も秘めていた。だから、未来から過去へ転送されたことが分かるように、今日陽が西から昇った。という合い言葉を作った。この言葉は紙に書くこともなく、海津の頭の中にだけ存在する言葉だった。その言葉を2021年の裕二が海津に告げた。
説明を終え、
「まだ信じられないか?」
僕は激しい既視感を再び覚えた。まるで、現実の僕が宙に浮いているような、現実が虚構で既視感が現実であるような。
海津の言葉に説得力を持たせているのは、僕が手にしている裕二のノート。そこに、紛れもない僕の字が書かれていること。もちろん、こんなところに、こんなことを画いた覚えはない。
「海津、おまえはどうしてそんなことが分かるんだよ? 僕がどうやって過去の裕二の体に入ったか、知ってるのか?」
百パーセント知ってるわけではないが、と海津は断り、
「たぶんこれだ」
と小瓶をジャケットの内ポケットから取りだした。
小瓶を受け取る。小さなスクリューキャップがついている。中は液体が入っている。その瓶を受け取って僕は笑ってしまった。なぜ笑ってしまったのかは分からない。こんなもので、過去にいけるものか、と笑ったのか。それとも、ある種の懐かしさを感じて笑ったのか。
「飲めばいいんだよな?」
と僕は聞いた。この液体は飲まなければいけない、とリアルの自分が警告しているようだった。
「やっぱり、思い出したのか?」
「いや全然。でも、僕は今、今を生きているように思えないんだよ。もう一人の自分を、すごく身近に感じる」
「じゃ、彼女の願い、叶えてやれよ」
僕は由奈に未来を託された。
由奈……。高橋さんのことを由奈だと思ったのも初めてで、僕はまた笑ってしまった。
海津の薬を飲み干すと、激しい痛みが頭と胸を襲った。
――2031年――
そして、僕はドラッグストアーののっぺりとした床に頬をくっつけて倒れている。記憶が怒濤のように押し寄せる。今回が三回目のタイムスリップ。
由奈が買い物カゴを放り投げて、駆け寄ってくる。
すぐに、頭と体はリンクして、動けるようになるはず。指先から徐々に神経が蘇ってくる。
「ちょっと、大丈夫っ!?」
由奈が僕を揺する。
手足が動くようになる。僕はゆっくり立ち上がる。言葉が喋れるようになる。
「大丈夫。ちょっと躓いた」
「そういう倒れ方じゃなかったよ」
このやりとりを覚えていた。これはデジャブじゃない。過去に実際、経験したこと。
過去に戻ってくれば、これまでの記憶が蘇るが、未来にいるとき、過去の記憶は分厚い氷が覆い被さるようにして、その輪郭が仄かに分かるだけだ。
「救急車とか呼ぶ?」
「由奈、ちょっと説明している暇ないんだ。とにかく、逃げろ」
「なにそれ」
僕は包丁を三本買う。
「ねぇ、なんで包丁なんか買うの?」
その質問には答えずに、会計を済ませる。店を出たところで、
「たぶん信じられないだろうけど、さっき未来から戻ってきた。僕の部屋にはあのガルシアがいる。僕も連絡するが、君からも警察に連絡を」
このふざけた歴史を終わらせて、このループも終わらせる。
僕は逮捕されて有罪になるだろうが、ここでガルシアを殺せば、その話題は全世界を駆け巡る。
「ねぇ、お願い、分かるように説明して!」
僕は逡巡して、
「無理だよ。でも、僕がこれを成功させれば、世界を救うことが出来るかも知れない」
僕は由奈の目の前で警察に電話をかける。由奈は寂しそうな目をして、僕のもとを離れていった。これでいいんだ。
僕は自分の部屋に乗り込む。まず、扉の裏にいて、僕の腹に一撃を食らわせるボディーガードに包丁を突き立てる。だが、その後が続かない。もう一人のボディガードにあっさりと制圧されてしまった。
―2021年―
僕は小瓶の液体を飲み干した。
―2031年―
あのボディガード二人をまず倒さなければ、ガルシアには到達しない。
―2021年―
僕は小瓶の液体を飲み干した。
―2031年―
また失敗した。ここでガルシアを殺すのは無理なのだろうか。
―2021年―
―2031年―
―2021年―
―2031年―
―2021年―
―2031年―
………………
……………
…………
………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます