デモという形で、歴史が少し変わってきている。僕が動けば、歴史が変わる。このワクチン被害から、世界を救うことが出来るかも知れない。いや、やらなければならない。


 月曜日の仕事は、由奈の助力もあり、どうにかやっていけた。


 火曜日、外回りから戻ってきた由奈と昼飯に行こうとすると、山沖先輩が話しかけてきた。


「おまえら、最近仲いいな。付き合ったのか?」

「へへぇ、バレちゃいましたか」


 と由奈がふざけて言う。


「全然付き合ってませんよ。ビジネス上のつきあいです」

「アンタ、大恩あるわたしによくもそんな」


 バシッと由奈の蹴りをいただく。


「ま、仲いいのは分かったから。昼行くならおれも行こうかな」


 山沖先輩は奥さんが出張に出てしまったらしく、いつもの愛妻弁当がないとのこと。


 僕たち三人は揃って近くのイタ飯屋に行った。


 山沖先輩がトイレに立ったとき、


「ねぇ。先輩にも仕事のこと話した方がいいんじゃない?」


 由奈は外回りが多い。月曜日はどうにか乗り越えられたが、山沖先輩に仕事を見てもらえれば、致命的なミスを犯すことはないだろう。


「彼は信用できるか?」

「なにその、諜報員みたいな台詞。さんざんお世話になってる先輩でしょ?」


 僕はトイレから戻ってきた先輩に、コロナになった後、仕事の段取りとかがよく思い出せないから、面倒を見て欲しいと頼んだ。


「やっぱり、そんな気がしてたんだよな。戻ってきてからおまえ、ちょっと変だったもの。やっぱり後遺症か?」

「いや、そんなんじゃないです。……ええと、でも、そんな感じかもしれないです」


 十年後の未来から、弟の体に入ったと説明するより、コロナの後遺症で記憶障害と説明した方が納得してもらえるだろう。


 山沖先輩は特段疑うことなく、仕事の内容を教えてくれた。やはり、分からないことは聞くに限る。週末には、僕はなかなか出来る社員になっているのではなかろうか。これでも、リーマン生活を十年以上耐え抜いてきたのだ。


 家に帰っても食べ物がない僕に、由奈は付き合ってくれるということで、退社後有楽町へ向けて歩く。


 由奈は古風なメロディに乗せて妙な歌を歌っていた。


「打ってくるぞと勇ましく、誓って家を出たからは、副反応で死なりょうか、救急サイレン聞くたびに、瞼に浮かぶ毒印」

「なにその歌?」

「知らない? 古関裕而の。朝ドラでやってたでしょ」

「やってないよ、そんな歌」

「歌詞はわたしが作ったの。二番と三番もあるよ」


 聴くとも言っていないのに、由奈は持ち前のアニメっぽい声で二番三番とやらを歌い始めた。


「思えば今日の会場に、顔面蒼白にっこりと、笑って死んだ接種者が、コロナワクチン万歳と、残した声が忘らりょか。接種する身はかねてから、捨てる覚悟でいるものを、騒いでくれるなネット民、製薬会社のためならば、なんの命が惜しかろか。……あ、お好み焼きとか食べたいかな」


 感染者は激減しているというのに、東京はまだつまらない規制を敷いたままだった。


「いいねぇ。酒も十時までよくなったんだっけ?」


 会社が引けた時間と言うこともあり、お好み焼き屋は結構混んでいた。みんなマスクを外し口角泡を飛ばしている。なのに、子ども達は全員黒板を向いて黙食しているという。今に始まったことじゃないが、やっぱり世界はおかしい。


 紅生姜いれるな! なんでよっ!? というやりとりをしながら、お好み焼きをつついた。


 飯を食い、ビールを飲み、僕たちは反ワクチン運動をどう展開するか考えた。Think globally Act locally作戦を決行する。まずは山沖先輩から。正直、こんなのんびりした作戦で人類の未来を救えるのか心配だらけだったが、山沖先輩一人説得できなきゃ、未来を変えることなんかもっと出来ない。


 次の日も先輩は弁当を持って来ていなかったので昼食に誘った。


 フランチャイズ系の中華料理屋に入った。ランチメニューが安いのはいいが、目の前のアクリル板の邪魔なこと。話しづらい。店舗を経営している人だって、外食とかするだろうに。アクリル板が邪魔であることになんとも思わないのだろうか。しかも、こんなものでウイルスを防げないのは、一目瞭然じゃないか。感染対策やってますのフリには飽き飽きだ。


 僕たちは注文が運ばれてくるまでの間、ツイッターの「#馬鹿馬鹿しい感染対策大賞」を見て笑っていた。一つ一つは面白いのだけれども、こんなことがこの社会で起こっていると思うとうんざりというか、社会は壊れてしまったんだな、と実感する。


 意味のない感染症対策の延長に、意味のないワクチン接種がある。結局ワクチンも、感染症対策やってますのフリ、以外の何ものでもないのだ。


「おまえら、反ワクなんだろ?」


 ニラレバを摘まみながら山沖先輩は言った。山沖先輩の方からワクチンの話題に触れるとは以外だった。


「その反社みたな言われかたは気に入らないです」


 由奈が唇をとがらす。ワクチンが正義で、それに反対する人たちを反ワクと呼ぶのは明らかな悪意である。


「べつに、そんなつもりで言ったんじゃない。反対、が嫌なら、疑念をもってる、とかならどうだ?」

「わたしたちに言わせたら、疑念を持っていないで信じ切ってるほうが不思議ですよ」


 由奈がカニ玉を頬張りながら反駁する。


「ああ、もう、この際呼び方はどうでもいい。おれはおまえらを反ワクと呼ぶ。そんなことより、おれは今困ってるんだ」


 山沖先輩は常に相談される側だった。先輩のほうから悩み事を打ち明けるなどということはこれまでになかった。


「ここだけの話にして欲しいが、実はな、うちの家内が反ワクチンなんだ」


 冗談ではないらしい。かつてない深刻な表情で打ち明けられた。ニラレバを食いながら話すような話しではないかも知れない。


「なるほど。それで、お弁当作ってもらえないってわけですね?」

「手短に言うと、そういうことだ。でも、テレビでも新聞でも、ワクチンは効果がある。打ったほうがいいって言ってる。でも、おまえ達は違うんだろ?」

「奥さんは、どうして打ちたくないんですか?」

「副反応が出るし、政府の陰謀だ、って」

「先輩はどうして打たせたいんですか?」

「打たせたいもなにも、八割打ってるものだぜ。打たないのは変だ」

「わたしたちだって打ってないですよ。わたしたちも変ですか?」

「ああ。変だね。前にも言ったけど、あんなものチャッチャって打っちまえばそれで終わる。でも、おまえらはどうでもいい。所詮他人だ。でも、妻は身内だ。たとえば、おれの実家に行ったときに、おれの両親からワクチン打ったか聞かれでもしたら、どう思われるか」


 ワクチンを打ってない人間を白い目で見る人間こそ白い目で見られるべきであるが、ワクチンを神と崇めている人々には通用しない。特に高齢者のワクチン崇拝ぶりは異常である。


「わたし、ワクチンが効かないっていうのと、副反応のデータ、危険性のデータ、集めてるんで、送りましょうか? いくらでも出て来ますよ」

「ワクチンが効かないっていうデータがあるのはおれも知ってる。でも、効くっていうデータもあるんだよ。いいか。人間は信じたいものしか信じない。副反応の死も、本当に因果関係がないと信じる奴もいる」

「ま、ご両親のところに行くだけなら」と僕は口を挟む。「わざわざ正直に答えないで、それこそチャッチャと打ちましたって言っとけばいいんじゃないですか? アメリカの大学でも、九割接種だと思いきや、そのうちの五割が虚偽報告だった、なんていうニュースあったじゃないですか」


 嘘つくのか? と先輩はため息をつき、セットのスープを飲み干した。

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