第三章 ワクチンで死んだ少女
壱
我々の宗教と社会が攻撃を受けている。今回のいわゆるパンデミックはワクチンの強制接種とグリーンパスを実施するための口実である。未知の副作用を持つ遺伝子血清の接種を受け入れない人々が批難されるに至っている。公の宣戦布告がないだけで、我々は今、戦争の真っ只中にいる。従来の兵器が使われていないだけで、この戦争も侵略する側とされる側、殺人犯と被害者、不公平な裁判とその囚人も存在する。今回の戦争では、暴力が法にかなった形に美化され、一般市民や信仰心のある人々の権利を侵害している。
カルロ・マリア・ビガノ大司教 2021年十月
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由奈は小柄で可愛らしい娘だった。弟の記憶では、由奈は弟に気があるらしい。だが、弟はまったく相手にしていない、というか、避けてすらいるようだった。
「ってことは、おまえも佐竹部長からなんか言われたのか?」
「なんか言われたどころじゃないよ、ワクハラそのもの。おそらく、わたしはもうちょっとしたらここにいられなくなるよ」
「じゃ、僕もおまえと同じ運命かも」
由奈はビックリしたように、
「え、じゃ、裕二打たないのっ?」
「打たないよ。だって、僕は職域接種も避けたんだろ?」
「うそっ、ちょっと感動した。じゃ、好きなアーティストの公演と重なってて、っていうのは避けるための口実だったんだ?」
多分、それは口実じゃない。でも、僕は固まった笑みのまま頷いて見せた。部屋に飾ってあったアーティストのポスターが目に浮かんだ。
「わたしアンタのこと見直したかも」
由奈が打たない理由など、色々聞いてみたかったが、始業のベルが鳴ると彼女は鞄をひっさげ外回りに出てしまった。
僕はPCを開く。裕二の記憶が勝手に仕事を進めてくれるだろう、と思っていた。が、甘かった。開くファイルまでは分かった。しかし、その先、僕はなにをしていいか完全にノーアイディアだった。しかたがないので、カタカタとキーボードを叩く真似をして、昼までの時間を過ごした。
全く仕事をしていないのがバレる前に、僕は早退することにする。部長に、体調が優れないので退社してもいいか伺った。
早退はあっさりと許された。もともと、僕の仕事は来週まで入れていなかったらしく、部長は事務的な話の後、
「な、だから言っただろ? 後遺症も侮れないんだよ。だから、ワクチンさえ受けていれば、感染しないし、後遺症になることもない。今から打ってこい。これは、上司としての命令じゃないぞ。年配者としての助言だからな。みんなおまえのことを不安に思ってる。ワクチンを打ってないヤツと、同じ室内にいなければならない、そういうストレスをおまえは職場のみんなに与えてるんだ」
非接種者をそういう風に見る人間もいる。ネットなどでそういう情報はあったが、自分が直接被差別民になってみると、やっぱり差別はよくないと思った。ワクチンを打った人間と、打っていない人間は違う社会を生きているようだった。
後遺症云々はコロナではない。ワクチンの後遺症、副反応がこの後の世界を支配する。
「なんだ、裕二、帰るのか?」
机の上に広げたノートや筆記具を鞄にしまっていると、山沖先輩から声をかけられた。
「はい。やっぱり本調子じゃないんで」
「そっか。ゆっくり休めよ」
「あ、先輩。やっぱりワクチン打ってない人間と同じ部屋にいるっていうの不安ですか?」
あいつが言ったんだろ? と呟き先輩は小さく部長を指さす。
「おれは別になんとも思わない。だって、おれらだってこの前まで打ってなかったわけだし。でも、そういう問題じゃないんじゃないか?」
「そういう問題じゃないっていうと?」
「上手く言えないが、たとえば、みんなで盛り上がってる企画に一人で反対するヤツとか、あと、いつも飲み会に来ないヤツとか、そういうヤツが嫌われるっての、わからんでもないだろ?」
「なんとなく、分かります」
「それぞれ、引っかかるところが違うわけよ。たとえば、おれはこういう性格だから、共産党のヤツとか、反日外国人とかが隣の席で仕事してたら面白くないと思うぜ」
肌の色、宗教、ジェンダー、国籍。
差別と区別は違うというが、同じではないにしろ、重なる部分は多い。ワクチン接種が、差別だ区別だと騒がれている時点で、肌の色、宗教、ジェンダー、国籍、などと同じ構造になってしまっているのではないだろうか。
会社を早退して、エレベーターで一階に降りる。扉が開くと、書類を抱えて帰社した由奈と出くわした。
「あれ、帰るの?」
「うん。お疲れ」
「あ、そうなんだ」
由奈は僕のことを見つめていた。僕も彼女の顔を見つめてしまった。ほんの一秒にも満たない時間だ。本当はこの娘と話がしたかった。でも僕は目を逸らした。
彼女は僕が乗ってきたエレベーターに入る。彼女はいつも外で昼をとる。そんな記憶があった。
「おまえ、昼飯……」
全部言い切る前に、エレベーターの扉は閉まった。そして、上昇を始めた。なぜワクチンを打たないのか、裕二のこと、などいろいろと聞きたいことがあった。隣のエレベーターで追いかけようか、とも考えたが、そこまでするのも気が引けた。
ビルを出て歩いていると、由奈からラインが届いた。
【荷物置いてくるからちょっと待ってて!】
僕は慌てて踵を返しビルに戻る。降りてきたエレベーターから由奈が出て来た。僕はなんて声をかけていいのか分からない。由奈は無言で僕の前に立っている。そうだ、さっき言いかけた言葉が。
「……昼飯でも、喰わないか?」
「入社して二年だけど、初めて裕二から誘われた」
「そう、だっけ?」
「そうだよ。バカ」
弟がどうしてこの娘を苦手に感じていたか、なんか分かった気がした。
「なに喰う?」
「なんでもいいけど、ちょっと有楽町の方まで歩かない?」
会社の人間と会いたくない、表情が語っていた。
ほぼ有楽町の近くまで来て、ここでいい? と由奈は喫茶店を選んだ。僕たちはサンドイッチセットを頼んだ。ビジネスマンのためのせわしない食堂と違って、ネルドリップでゆっくりと一杯ずつ珈琲を入れてくれる。
「昼休み、間に合うのか?」
「広告主にばったり会って話し込んじゃったって言う。っていうか、裕二がわたしのこと誘ってくれたのって、やっぱりあの話、誰かから聞いたの?」
由奈は遠慮なくサンドイッチにかぶりつきながら言う。
「あの話って、なんの話?」
「わたしが彼氏と別れたって話。アンタがコロナで休んでる間に」
「悪い、全然知らん」
「それで、わたしと付き合いたくて誘ってくれた」
「全く違う」
「くそう。期待して損した。地球始まって以来、わたしの交際申し出を断った男はアンタだけだから。いつか見返してやろうと思ってる」
由奈は軽めに拳でどんとテーブルを叩いた。
弟の好きな女性のタイプを教えてやりたかった。多分、由奈は弟のタイプとは真逆だ。
「で、なんで別れちゃったの?」
「ワクチン打ってないようなバイキン女とはキスできない、って言うんだよ」
「想像の斜め上だな」
「もちろん、もっと婉曲にだけどさ。なんか大事な取引があって、絶対にコロナに罹れなくて、どうも君はワクチンを打っていないらしいから、キスとかはまた今度ウンヌン、って、頭っきたから鞄に入ってたウチのタウン誌投げつけて別れてやった」
この時期流行っていた表現を使うと、キス等したくない理由はワクチンが原因か因果関係の特定は困難、といったところか。僕は黙ってサンドイッチを食べた。
第三章 ワクチンで死んだ少女 03
「わかってるよ。裕二の言いたいことは。彼にしてみればワクチンは口実だよ。だから余計に腹が立つ。わたしみたいな反ワクチンで職を失いかけてる女、嫌いになったなら嫌いになったって言えばいい」
「そうだな。コロナも口実だもんな。みんなコロナを口実に使ってた。口実にして、会いたくないヤツと会わないようにして、嫌な飲み会やめて、面倒くさいイベント潰して、リモート会議で楽して、コロナですから、で片付いてた」
「企業のワクチン義務化だって、半分以上は口減らしだよ。ウチの会社だって打たないわたしをクビに出来るなら、喜んで義務化すると思うよ」
「僕もクビだ」
「アンタはクビにしたくないんじゃない? だから部長、打て打て言うんだよ。わたしになんか、『高橋君、そういうことになったとき、恨みごと言われても知らないからな』とか嬉しそうだったよ」
由奈の部長の口まねが面白くて笑ってしまった。
僕は今朝聞こうとして聞けなかったことを聞く。
「ところで、おまえ、なんで打たないんだよ。ICチップが入ってるからか?」
よくそうやってバカにする人多いよね、と由奈は呆れた顔を見せて、
「なんでって、打ちたくないからだよ。なにが入っているか分からない。ここ最近は副反応で後遺症とか、死亡とかの情報もかなり上がってきている。なにより、接種しても効かないし、そもそも、コロナで死ぬ確率なんか無視していいレベルじゃない。わたしには打つ人の方が理解できないよ。ICチップだって本当に入っているかも知れないよ。ファイザーは接種者の酸化グラフェンに接続する特許を取った」
「ICチップは入ってないよ。入れるまでもなくみんなコントロールされてる」
「あはは、そうだね。わたしはシープルにはならない」
聞き慣れない言葉だった。
「シープルって?」
「知らないの? シープとピープルを合わせたの」
羊のように、世の中に疑問を抱かず、為政者に飼い慣らされている人間という意味らしい。
「それに……」と由奈は言葉を詰まらし「身近に犠牲者いるしさ」
この時期、まだ死者は一千三百人前後のはず。報告だけで一千三百人なので、実数はその数倍のはずだ。たしか、2021年から超過死亡は更新され続けていく。犠牲者はこのあとぐっと増える。僕の身近な犠牲者、両手両足を使っても足らない。そのうちの一人は最愛の妻だった。
「裕二こそ、なんで打たないの? この前までわたしのこと、他の連中と同じような目で見てたじゃない。コロナに罹って考え変わった?」
「ああ。変わった」
変わったというより、僕は裕二じゃない。僕は裕二の兄の達也で、2031年の未来から、2021年に死んだはずの弟の体に乗り移った、って正直に伝えようか。ありのまま全て、未来に起こったことを説明してやろうか。
「僕が打たない理由は、このワクチンを打つと二十年の間に確実に死ぬからだ」
「そういう風にいう医者や学者もいるよね。どこのエビ、ソース?」
「ないよ。未来に起こることだもの。この時代じゃ証明しようがない。未来を見てきた僕がエビデンス」
由奈は珈琲をおわかりして、熱を込めて世界情勢などを話す。
カリフォルニアは終わった。崇ワクチンの知事をリコールして失敗、ワクチン弾圧は苛烈を極めるだろう。オーストラリアは今や世界最大の刑務所と化した。対策というのは名目で、監視と管理が目的。イスラエルは三回目を打たないと未接種と見なされる。でも、ファイザーの副社長がイスラエルをラボと呼んで暴動が起きてる。クロアチアは大統領がワクチン接種を中止させた。日本もやばい。ワクチン コールセンター 666、で検索してみて。モデルナに入っていた異物はグラフェン。八月二十六日に異物が発見される。二十八日に死亡者が特定される。九月一日に政府は異物はステンレスと発表。三日に首相が総裁選不出馬を発表。日本のモデルナ異物事件は世界のワクチン業界では大ごとで、総理に何らかの圧力がかかったことは間違いない。
彼女が語る出来事は入り口で、僕の知っている未来はその扉から流れ込んだ濁流によって悲劇が渦巻いている。
「総理はヤバいことが行われているのを知ってるんだよ。知ってて隠してる」
「その事件、最初異物って発表されて、後から金属片、って報道された。なんで金属片かは磁石にくっついたから。でも、その金属片は316ステンレス鋼なんだけど、316ステンレス鋼は磁石にくっつかない。磁性を持たないんだ」
「なんで裕二、そんなこと知ってるの?」
他にもいろいろ知っている。もっと核心を教えて上げたい。彼女なら、きっと信じてくれる。僕はなんとなく嬉しくなった。でも、昼休みの時間はとうに終わっている。
「おまえ、そろそろ戻らなくて大丈夫か?」
「さすがにマズいかも。行くね」
スマホで時間を確認すると、由奈は慌ただしく店の扉を開けて出て行った。僕はもう一杯、コーヒーをおかわりした。ネットで僕の情報を広めるのもいいかも知れないけど、信頼出来る人に直接、語ることは重要なのかも知れない。
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