第7話:紫のアレ
「ねえ、ヌスッタ。いつまでやるの? あのキュア夫ってしつこくて……」
「利用できる間だけだ。もう少し我慢してくれ」
ルーティブロンドの女は、コーヒートリュフをその艶やかな唇でつまみ、俺の口へと運んだ。
♢
世の中は騙すヤツと騙されるヤツの2種類しかいないと言うが、アイツは根っからのカモだ。むしろカモから産まれたんじゃないか?
――ひと目見て『ピンッ』と来たね。
都合がいい事に、ギルドの受付嬢にベタ惚れだ。ここはひとつ、彼女に“渡り”をつけてもらおう。
思った通り。無作法、無遠慮、不埒、不躾、無礼、身勝手、傍若無人、エゴイスティック……表現する言葉は数あれど、それのどれもが当てはまるという人間のクズ。それにくっつく金魚のフンも大差ないだろう。
とりあえず善人でなくて良かった。流石の俺も多少の罪悪感くらいは持ち合わせている。しかしこいつ等に関しては、そんなものを感じずに騙せそうだ。
最近発見されたダンジョン、注目度はかなり低いがむしろそれは僥倖だ。この王国の歴史を紐解くと、実はすべての起源がそのダンジョンの周りに集まっている。栄枯盛衰、約700年前に繁栄を極めた古代王国は、突如として歴史から消えたという。もっともそんな昔の事は歴史学者だった父親からの受け売り。そして、それを知り、そのダンジョンと関連付けているのは世界中で俺だけだろう。
なぜなら父親は、十数年前に“異端”として王国に処刑されたからだ。しかし、今更復讐しようなんて気はない。税金も払わずに好き勝手やっている事が、ささやかな復讐みたいなものだ。
用意するものは紫に着色した毒ガスのみ。あとは盗賊ギルドで習得した技術があれば問題ないだろう。入口のトラップを解除し、扉の毒針を起動させて無力化する。部屋に入ると
あいつらは箱に飛びついたね。……面白いほど簡単に。誰一人として俺を見ていない。毒ガスは筒に入れて、紐を引っ張ると吹き出す仕掛けになっている。色を付けたのはひと目で“解る”様にする為だ。マジで殺しをするのなら無味無臭の毒を使えば良いからな。あのカモ達には、生きてまだまだカモになってもらわないと困る。
当然の話だが、毒を扱う者は“無味無臭の毒を判別する方法”を知っている。そうでなければ危なっかしくて扱えやしない。
――紐を引き、ガスの筒を扉の陰に投げ込む。
「危険です、急いで!」
わざとらしいセリフだが、奴らはすでに俺を役立たずと見下している。特に警戒もせずに乗ってくるだろう。
「もう、何よこれ!」
「ヌスッタ、ちゃんと解除しろよ!」
はいはい、ちゃんとやってますよ。ちゃんとね。
「お前クビ。もういらねぇよ」
そうですか、お疲れさん。さてと、ガスが抜けるまで三~四時間って所か。飯食って昼寝でもすれば丁度いい頃合いだろう。
『ビンゴ』という言葉がこれほどハマった瞬間は他に無い。王国の起源たる朱印や700年前の貨幣、装飾品。その一つ一つが歴史的価値の極みだった。
それらを全て運び出すのに二週間程かかった。誰かに手伝わせるわけにもいかないからな。そして俺は、裏の世界で仕事の斡旋を始めた。
カモを誘導して、依頼人の利益に変えるのはそれほど難しい事ではない。
最近では、田舎から出て来たばかりの鈍重な男が騎士団長になった。これは上手く行きすぎた。ま、成り上がりシナリオとしては最高だ。
失脚した元騎士団長は無事本懐を遂げた。こっちは少し国が混乱したけどな。
他にもキュア夫達から利益をかすめ取って成り上がった依頼人は何人もいる。それらのシナリオは全て俺が書いた。ああ、原稿料はサービスだ。
「ヌスッタ、次の獲物を探した方がいいんじゃない?」
「そうだな、
協力者のつもりでいるこの女とも、そろそろ手を切る頃合いか。俺が直接殺っちまえばいいんだが、最近少しばかり不調だからな。下手打って騒がれるのはマズい。
殺しが上手いヤツに頼むとして……さて、誰にするか。
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