後篇

 後日、俺と猫耳ねこみさんは連れ立って近所の大型パチンコ店に出向いた。

 店内は平日の昼間という事もあって、まだ人の姿は少なそうだ。

猫耳ねこみさんはワンピースにオシャレなネックレスをしていて、なんだかデートみたいでテンションが上がった。


「あ、あったあった。あれよ櫟乃森くぬぎのもりくん!」


 猫耳ねこみさんが指し示す先には、目的のパチスロ台がずらっと並んでいた。


 本の形を肩形どった四角い台の周りに、星の形をした飾りが付いていて星はライトが仕込まれていて派手な音と共にピカピカと光っている。


 な、なんて派手な台なんだ。そして星の主張が激しいぞ。


「これっすか」


 俺は何かよくわからない感覚に、思いっきり警戒した。


「そうよ。これが目的のパチスロ機〝カクウツ伝説〟よ。櫟乃森くぬぎのもりくん、やってみましょう」


 なぜか、猫耳ねこみさんも緊張した面持ちだ。



 俺と猫耳ねこみさんは並んで空いている台に座ってみた。


「えーと、やりかたは……」


櫟乃森くぬぎのもりくん、最初は私が奢るわ。このカードにお金チャージしておいたから、そこの穴にこのカードを入れれば良いわ」


「あ、ありがとうございます」


「私が誘ったんだから、気にしないで。それより櫟乃森くぬぎのもりくん、気をつけて、私、スロットは何度もやっているけど、この台には何か邪な物を感じるわ……」


 何を言っているのかよくわからないけど、猫耳ねこみさんが言うのなら間違いないんだろう。

 よく警戒して挑んだ方が良さそうだ。


 俺は猫耳ねこみさんから貰ったカードを差し込んで、ボタンを押した。


 台がピカピカと光り、スロットのゲームが始まった。


 レバーを押すとドラムが回転して、ボタンで止める。操作はたったそれだけだ。

 いきなり派手な音が鳴り響いて、演出が始まる。


「このスロットはね櫟乃森くぬぎのもりくん、主人公がWeb小説を書いている人なの。主人公が小説を書いて、書籍デビューを目指す物語なの」


 猫耳ねこみさんは慣れた手つきで打ちながら、画面を見つめたまま俺に説明してくれる。


「イベントシーンが始まったらイベントをよく覚えておいて。イベントの種類によって、当たりの確率が違うのよ。イベントはWeb小説のコンテストになっているの。コンテストに入賞したら7が揃うボーナス確定よ。通常でも星は目押ししてなるべく取りこぼさない様にした方がいいわ。フォロワー爆増チャンスゾーンに突入できたらラッキーね。あとシーンの中に編集者が映ったら、チャンスよ。でもガセもあるからあまり期待しすぎないで!」


 猫耳ねこみさんは説明しながらも人が変わったように真剣な表情で素早く手を動かしている。

 すごい、これが本気の時の猫耳ねこみさんなんだ。


 すると、俺の台から何やら賑やかな音楽が鳴り響いて、台に付いている飾りの星がぴかぴかと輝いた。


「やったわね!櫟乃森くぬぎのもりくん、星爆チャンスゾーン突入よ!イベント中に主人公がレビューを貰えたら激アツチャンスなのよ!画面の上にあるフォロワー数メーターをよく見て!どんどん増えて言っているでしょ!もう少しでスペシャルリーチに発展するわ!」


 なんだか良くわからないが、どうやらチャンスゾーンに入ったらしい。さっきまで画面では主人公が一生懸命小説を書いている地味な画面だったが、今は屋根の上から星をばら撒いている派手な画面の演出に変わっていた。


櫟乃森くぬぎのもりくん、みて!スペシャルリーチよ!」


 猫耳ねこみさんはもう、自分の台の方には目もくれず、俺の台に釘付けになっていた。回転するドラムは7が2つ揃っていた。


 あと一つ7が揃えば、どうやらボーナスになるらしい。その前に演出がまっていた。


 今、画面の中の主人公はコンテストイベントの結果を待っている様子がアニメーションでうつしだされている。

 入賞と落選の文字が交互に映し出される。

 画面の中の主人公がコンテストで入賞すれば、ボーナス確定で7が揃うらしい。

 ……どうでも良いが、なんか心臓に悪いなこの演出。


「どうなるの?どうなるの?ああ、じれったい!」


 何度も入賞と落選の文字が交互に流れる演出に、俺も猫耳ねこみさんも気が気ではなかった。


「因みに、ボーナス中は画面左下に編集者アイコンが付くわ。最初は一人だけどだんだん増えていくの。増えれば増えるほどボーナスの継続率が上がって、コイン獲得が増えるのよ。ボーナス中は編集者アイコンをチェックよ」


「わ、分かりました」


 すると、ついに『入賞』の文字が揃った状態で止まった。


「やったわ櫟乃森くぬぎのもりくん!ボーナス確定よ!」


「マジっすか!」


 俺は思わず、猫耳ねこみさんと手を取り合って喜んだ。



「さあ、あなたの手で7を揃えて!」


「ああ、任せておけ!」


 ……だが、なかなかドラムは7の位置で揃ってくれなかった。


 結局、猫耳ねこみさんが代わりに目押ししてくれた。


 しかし、猫耳ねこみさんが代わりに押しても、7が3つはなかなか揃わない。


 猫耳ねこみさんは、迷った結果、BARという文字の所でボタンを押し、すると、ピタッと止まった。


 7が2つにBARが一つでボーナス画面に突入したのだ。そうか、だから揃わなかったのだ。


櫟乃森くぬぎのもりくん、よく聞いて。スロットのボーナスには種類があるの。残念ながら、これはレギュラーボーナスだったみたい」


 ボーナス中は、主人公が出版社のパーティに呼ばれるイベント画面が映った。

 猫耳ねこみさんの言うとおり、左下には編集者アイコンが出ている。

だが、編集者アイコンは一人から増えないままだった。


 ついに出版パーティのイベントが終了し、画面の中の主人公は最初書籍が書店に並んで喜んでいる絵が写っていた。そこは再び編集者アイコンが増やせるチャンスゾーンなのだが、やはり編集者アイコンは増えないままで、ついに一つだけあった編集者マークも消えてしまった。


  その後在庫の山にがっくり項垂うなだれる絵に変わって、あっという間にボーナス画面は終わってしまった。


 画面は再び、主人公が淡々と小説を書いている通常画面に切り替わる。


「……ボーナスって、こんなもんなんですか?」


「いえ、そんな事はないわ。ボーナスによっては、もっと続いて沢山コインが出てくるの。でもコレは単発だったみたい」


「単発……やな言葉ですね」


「ええ。諦めずに今度はビッグボーナスを引いて、主人公がサイン会で編集者とファンに囲まれるシーンが出てくるのを期待しましょう」


「パチスロの世界、厳しいです」


「世の中そんなものよ」


 猫耳ねこみさんは再び自分の台に戻り、ひたすらボタンを押す作業に入った。


「仕方ない。次のコンテストのイベントはいつくるんだろう……」


櫟乃森くぬぎのもりくん、最初のチャンスは逃したから、次は50ゲーム目くらいにまたチャンスが来るわ」


「そ、そっすか……」


 俺も再び台に目を戻し、ボタンを押す作業に戻った。


 その後はすぐにボーナスで得たコインが尽きてしまい、猫耳ねこみさんに貰った分のチャージも底を突いてしまった。


 ここからは自腹に突入だ。


 猫耳ねこみさんは真剣モードに入っているのか、黙々と台を打ち続けている。


 その後はなかなかチャンスゾーンはやってこなかった。


 フォロワーゲージも増えないままだ。そして、フォロワーゲージが増えねば星がたまらない。星がなければ、チャンスゾーンには入れないらしい。


 やはり、俺にはギャンブル向いてないかも……増えない星と減っていくコインの残高を見ながら、ふと俺は思ったのだった。


——了

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櫟乃森暮雄の日常 海猫ほたる @ykohyama

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