中篇

 猫耳木菟ねこみみずく先生は意外にも、思ったより背が小さくて細くて綺麗で眼鏡で若かった。


 と言うか猫耳木菟ねこみみずく先生は意外にも、女性だった。


 作風からはパリピな兄ちゃんを想像していたのだが、世の中わからない。


猫耳木菟ねこみみずくせんせ……」


「ねこみで良いよー、あと先生はやめてほしいな。同じ作家同士なんだから、そんな気つかわくて良いよ」


「あ、じゃあねこみ……さん」


「あはは、なんかお見合いみたいだねー」


「そ、そうっすね」


 俺は超緊張していた。

 猫耳ねこみさんは約束通り、瑪瑙さんと2人でバーにやって来た。

 瑪瑙めのうさんは編集から急ぎ呼び出されたとかでその後さっさと帰って行ったが、猫耳ねこみさんはその後も一人で残ってくれた。


 俺はハルさんの計らいで今日は早めに上がらせて貰って、私服に着替えてから猫耳ねこみさんのテーブル席に改めて挨拶に行った。

 そして俺は今、猫耳ねこみさんの向かいに座ることになったのだ。


「ほんと、良い店だね。私、通っちゃおっかな」


猫耳ねこみさん、家近いんですか」


「うん。同じ区内だよ」


「そうだったんですか……もしかして、猫耳ねこみさんも〝またたびくらげ〟先生に憧れてこの地へ?」


「あ、よく分かったね!」


「実は俺もファンなんです。猫耳ねこみさんの作風を見た時から、もしかしてと思ったのですが」


「そう、私もまたたびくらげ先生に憧れて、上京する時にはこの煉牛ねりうし区にするぞって決めてたの、櫟乃森くぬぎのもり君も同じだったんだ。わかるー」


 俺と猫耳ねこみさんはそれからまたたびくらげ先生の話題で大いに盛り上がってしまった。


 因みに〝またたびくらげ〟先生と言うのは、昭和の時代に活躍した、偉大なる漫画家だ。


 代表作は少年ジャスパーに連載していた『薄刃カゲロウの歌』だろう。因みに野球漫画だ。後半ほとんどボクシングだったけどな。


 俺は元々地方の生まれなのだが、なんとなくで上京したのだ。だが東京に出る時に何処に行けば良いのかさっぱり分からなくて、何となくまたたびくらげ先生が生前住んでいたと聞いた事があるこの煉牛ねりうし区でアパートを探して、そのまま居着いてしまった。

 まさかそれが猫耳ねこみさんとの繋がりになろうとは、その時は思いもしなかった。


 猫耳ねこみさんは言葉通り、それからも月に一、二度は店に来てくれた。来る前にスマホのメッセージアプリに通知を入れてくれるので、俺は通知を見た日は仕事が手につかないくらいに浮かれていた。


 俺は、すっかり猫耳ねこみさんと仲良くなった。


 そしてついに、猫耳ねこみさんにオフの誘いを受けたのだ。


「ねえ櫟乃森くぬぎのもりくん、君はコレやるひと?」


 猫耳ねこみさんが手を捻るような動作をしてみせた。コレとは、おそらく……


「いや、やらないですよ」


「なんだー残念。」


猫耳ねこみさんはやるんですか?パチンコ」


 おそらくコレとは、パチンコ代のダイヤルを捻る仕草だろうと見た。


「うん。まあ私はスロットの方だけどね」


 猫耳ねこみさんはそういって、三つのボタンを押す様な仕草をしてみせた。


「へえ、意外ですね」


「そう?ほら、今って色々アニメとかの台が多いじゃない。だから気になって」


「なるほど。確かに、有名なアニメのパチスロのCM見ると、気になっちゃいますよね」


「ま、私がハマったのは4号機の頃で、5号機になってからはあまりやってないんだけどね」


「すみません、言ってる事が全くわかりません」


「ううん、いいの気にしないで。それより、実は……ちょっと気になる台があってね」


「気になる台?」


「うん。だから櫟乃森くぬぎのもりくんもどうかなーって思って。多分櫟乃森くぬぎのもりくんも気になると思うんだ」


 なんだろう……俺が好きそうなアニメのタイアップでもあるんだろうか。

 正直ギャンブルには興味がないが、バーテンのバイトをしているとよくお客さがそういう話をする事もある。

 お客さんとの会話のためには、ハマらない程度にやっておくのもありかもしれない。

 アニメの台ならなおさらだな……それに、猫耳ねこみさん誘いを断るなんて、勿体ない。


 だが、猫耳ねこみさんの言葉は、それとは違う意味で俺にとって興味がそそられるものだった。


「スロやらない櫟乃森くぬぎのもりくんは知らないと思うけど、最近出た台が変わってるの」


「変わってる?」


「うん。アニメとかじゃなくて、Web小説がテーマのスロットが出たのよ。その名も〝小説パチスロ・カクウツ伝説〟……なの」


「……小説パチスロ。い、意味がわかりません」


「だから、ね。行ってみようよ」


 そんな訳で、俺は猫耳ねこみさんと一緒にその台を打ちに行く事になったんだ。


——後篇に続く。

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