三章 廻るドラム・踊るメダル

前篇

 俺の名前は櫟乃森くぬぎのもり 暮雄くれお

 映画とジャズとサッカーと行きつけのゲームセンターにあるパズルゲームをこよなく愛する男だ。


 レストランの店長をしながらWebに書いてた小説『転生したらハムスターだったのでフェレット王女を救うためにカビパラ大王を倒す旅にでた件。』が書籍化して、今は小説家をやっている。


 といっても小説だけでは喰っていけないご時世だ。

 フルタイムで働くレストランの店長は激務なので、あんな店は辞めてやった。

ライバルのファミレス〝すたーがすと〟に客を奪われたせいで経営が悪くなって、給料が下がったからじゃないぜ。


 小説を書きながら働くために、もう少し時間に余裕のある仕事はないだろうかと思ってたんだ。


 そんな折、ちょうど行きつけのバー・トレボーンで募集のチラシが貼ってあるのを目にしたのが幸いだったな、面接を受けに行ったらあっさり合格した。


 今は週に3日バーテンのアルバイトをしている。

 おかげでなんとか凌いでいるって感じだ。


 トレボーンのオーナー、ハルさんはまだ若いがしっかりしていて、ソムリエの妻と二人で店を切り盛りしていたのだが、妻である澪さんが妊娠して働けなくなったそうだ。

 ハルさん一人で店を切り盛りしながら、手伝ってくれるバイトを探していた所に俺が来たって訳だ


ちなみに子供は女の子で、名前は萌歌モカと決めているらしいが……まあそんな事は置いておいて本題に入ろう。


 俺は編集の瑪瑙めのうさん(※)といつものファミレス、すたーがすとで次巻の打ち合わせをしていた。

 因みに瑪瑙さんは某出版社の編集さんで、俺の担当になってまだあまり経っていないが、30代くらいの若くてシュッとした男性だ。

 最近漫画の編集部から小説の部署に異動になったらしい。


「そう言えば櫟乃森くぬぎのもりさんは、猫耳ねこみ先生の作品に憧れて小説を描き始めたって言っていましたね」


「はい。今も先生の作品は全部買って読んでます」


 説明しよう。


 猫耳ねこみ先生——ラノベ作家の猫耳木菟みこみみずく先生の事だ——の著書、『ゆるふわ猫耳くろにくる』はまさに俺の人生を変えた作品で、このシリーズは今も俺にとって最高の小説だと思っている。


 俺が食い気味に即答すると、瑪瑙さんの細い目がさらに細くなり、口角が上がった。


櫟乃森くぬぎのもりさん、実は僕、猫耳木菟みこみみずく先生の担当でもあるんですよ」


「なに!今なんと!」


「それでですね、この前打ち合わせの時に、櫟乃森くぬぎのもりさんの事を話したんです。そしたら、猫耳木菟みこみみずく先生も櫟乃森くぬぎのもりさんの小説を読んでるそうなんですよ」


 嘘だろ……あの先生が俺の小説を読んでくれてたなんて、まるで夢みたいだ……


「それでですね、ぜひ一度お会いしてみたいとの事でした。櫟乃森くぬぎのもりさんは確かバーテンのバイトもやってるんでしたよね。その話をしたら、ぜひ今度店に行きたいとの事なのですが、この話、どうしますか?」

  

 どうするもこうするもない。俺は食い気味に是非お願いします!とテーブルに置かれたスパゲッティナポリタンに顔を突っ込みそうな勢いで頭を下げていた。突っ込まなかったけどな。


——中篇に続く


※ 拙作『僕はこの夏、少女漫画家、翡翠ルビィ先生の家へアシスタントに行く事になった。』より特別出演

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